幸田文の美しい日本語で紡ぐ、お転婆娘と江戸っ子おばあさんの物語
『きもの』幸田文
久永草太くん(宮崎県立宮崎西高等学校2年)

NHKの連続テレビ小説『カーネーション』を覚えてらっしゃいますでしょうか。『カーネーション』は洋服とともに生きた女性の話。対して、この『きもの』は、そのほんの少し前の時代を着物とともに生きた少女るつ子の物語です。
時は大正、東京の下町三姉妹の末っ子に生まれたるつ子。物語はるつ子が着物の袖を引きちぎってしまうという、少々過激なシーンから始まります。「肩の辺りが幅ったくて動かしにくくて気持ちが悪い」というのが、るつ子が着物の袖を引きちぎった言い訳です。るつ子は、なにより着物の着心地にこだわる人物だったのです。
ここで登場するのが、もう一人の主人公、るつ子のおばあさんです。勝海舟を思わせる江戸言葉のおばあさん、うっとりするほど粋です。
着心地にうるさいるつ子は、普段は、おばあさんに着付をしてもらって不自由なく過ごしていました。しかし、女学校入学試験の日におばあさんが熱を出してしまいます。仕方なくお母さんに着付を頼みますが、どうも勝手が悪い。入学試験にも集中できません。……ビリで合格を果たしました。
着物の着心地に強い癖を持っているのに、自分ではまともに着付ができないわがまま少女るつ子。こんなるつ子におばあさんが言った一言です。
「お前のその癖は、私の目の黒いうちに直さなくてはお前がかわいそうだ」。こうしておばあさんによる着付のスパルタ教育が始まったのです。
読み進めていきますと僕は無性に着物というものが着てみたくなりました。親戚の「大島」がしまってありましたので、それを引っ張り出して着てみると、これがなかなか男前に決まるんですよ。
姉の振袖、母の寝巻、嫌いなメリンスにお気に入りの「羽二重」。いろいろな着物に出会う中でるつ子は、三姉妹の中でも一番のしっかり者に育っていくのでした。
女学校を卒業したるつ子は結婚を考え始めます。結婚は女性の一大事。何度もお見合いを重ねますが、どの人もなんだか的外れ。がっかりしたるつ子におばあさんが言った一言です。
「だから、薬と男の効能書きはあてにできないよねぇ。相性が悪ければ毒になりかねない」。
相手はゆっくり慎重に選ぶべしという、人生の先輩としての一言は、るつ子への愛情の表れでしょうか。しかし、大正12年、東京を、下町を、るつ子を、関東大震災が襲います。震災を経ておばあさんの知恵は着ることからさらに深まり、生きることの本質へと迫っていきます。

この本の最大の魅力は、幸田文の美しい日本語です。例えば、真っ白な猫についての描写です。
「動かなければどこからが足なのか、手なのかわからない雪である」。
幸田文と僕が出会ったのは、図書館でも本屋でもなく、宿題の問題集の中。宿題の文章に僕は惚れてしまいました。それは、『雀の手帖』という噛みしめ拓なるような美しい日本語がぎっしり詰まったエッセイで、こちらもお薦めの本です。このエッセイを探し求めてあちこちの古本屋を巡っては、そこにある幸田文の本を買い漁っていました。
幸田文の文章は、読めば読むほど旨みが出るというか、何度も何度も読みたくなる、そして早く次の本を手に取りたくなる、中毒性のある文章なんですね。きっとこの中毒性あってこそ、時代を乗り越え、きっとこれからも読み継がれていくであろう作家の一人なのだと思います。
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<全国高等学校ビブリオバトル2015 全国大会の発表より>
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『雀の手帖』
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久永くんmini interview
好きな作家は
幸田文、伊坂幸太郎
小学校の時
シートン動物記や椋鳩十ばかり読んでいました。
影響を受けた本
動物園の獣医さんについて書いた本(名前は忘れました)に夢を持って、今獣医の道を目指しています。
2015年印象に残った本
『俺がマリオ』俵万智:著
五七調が気持ちいい!
今後読みたい本
短歌集やエッセイ