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日本三大奇書。読んだら必ずこっちの世界に戻ってきてください

『ドグラ・マグラ』夢野久作

平尾漱太くん(奈良県立平城高等学校3年)

『ドグラ・マグラ』(社会思想社)
『ドグラ・マグラ』(社会思想社)

日本三大奇書というのをご存知ですか。奇書とは奇怪な書物、けったいな本という意味合いですけれども、小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』、中井英夫の『虚無への供物』、そして、もう1冊が夢野久作の『ドグラ・マグラ』です。

 

この本、私の愛読書なんです。しっくりくるんです、この摩訶不思議な雰囲気が…。聞けば、私の母親が私を妊娠中にこの本を読んでいたと。そう、『ドグラ・マグラ』は私の胎教やったわけですね。なるほどなあと。

 

主人公がボンボン時計の音で目を覚ますところから物語は始まります。主人公はどうやら、記憶を失っているらしい。ここは精神病院で、自分はここに入院しているようだ。さらに自分は、精神医学を悪用したある恐ろしい犯罪事件に大きな関わりを持っているらしい。さらにその犯罪事件というのは天才的な精神科医が仕掛けた大掛かりな実験だったとかで…。やがて、3次元の現実世界にいるはずの主人公は、文章という2次元に惑わされ、時間の歪みを感じていきます。ドグラ・マグラ、ドグラ・マグラ……。  

 

ナニがナンやらようわからへんと、みなさん思ってらっしゃいますね。そうなんです、それがこの本の最大の特徴なんです。だから逆に言えば、実に様々な解釈がなされるわけですね。私の場合は、この本を読んで、主観というものの不思議さを感じさせられました。この本は、主人公の一人称で書かれています。私はなになにした、これが一人称の文章ですね。主観であります。ところが、正確であるべきこの一人称の文章が大変にあやしい、不安定で、だんだんと矛盾が生じてきますよ、ドグラ・マグラ、ドグラ・マグラ……。

 

主観の不思議さ。『吾輩は猫である』を例に取ってみましょう。あの「吾輩」が「猫」であるという保証はどこにもありませんね。吾輩が自分でそう言っているだけで、吾輩というのは実はイタチかもしれない。イタチは「吾輩は猫である」と嘘をついているのかもしれませんよ。イタチが「吾輩は猫である」と信じきっているのかもしれませんね。はたまた、本当に「吾輩は猫である」のかもしれない、それは、誰にもわからない。  

 

まあ、こう考えますと主観ってやつは我々からどうしても離れてくれない、呪いのようなもので、逆に言いますと、客観的に考えろよとよく言われますけれども、あれにも限界がある。これが客観的なものの見方であると我々、主観で判断しているわけですからね。私にとっての丸という形があなたにとっての三角という形でないとは言い切れない。あとはimagine。たかが想像、されど想像。ドグラ・マグラ、ドグラ・マグラ……ドグラ・マグラ、ドグラ・マグラ……。  

 

作者は、夢野久作といいます。けったいなペンネームですけど、書いている作品はもっと摩訶不思議でして、とりあえず夢野久作の作品のタイトルの一例をご紹介しましょう。『瓶詰の地獄』『少女地獄』『悪魔祈祷書』『死後の恋』『氷の涯(はて)』『犬神博士』…。そして、天下の奇書『ドグラ・マグラ』。この本は発表された当時、あの江戸川乱歩をして、「僕にはわからない」と言わしめた恐ろしい本なんですね。1960年代になって、先ごろ亡くなられた哲学者の鶴見俊輔さんという方が解説を書かれて、『ドグラ・マグラ』は有名になったわけです。

 

平尾漱太くん
平尾漱太くん

生物学や心理学の知識を駆使して、ドグラ・マグラの謎に正面から立ち向かおうとするのも一つの読み方でしょうし、そうではなく、ただただ作者のなすがままに惑わされ、驚かされて、感覚で読み進めていくのもまた一つの楽しみ方やと思います。いずれにせよ、あなたはきっと、ラビリンスに立ちすくむ……ドグラ・マグラ、ドグラ・マグラ……。

 

では、万が一、ドグラ・マグラをお読みになるという時の注意事項を最後に一つだけ。絶対に、こっちの世界に戻ってきてくださいねぇ。頼みますよ、頼みますよ。

 

<全国高等学校ビブリオバトル関西大会の発表より>

こちらも 平尾くんおすすめ

『黒死館殺人事件』

小栗虫太郎 (河出文庫)

文章が襲い掛かってくる、と感じました。高い高い論理の摩天楼、それをデーモニアックなペダントリーが装飾する。小栗虫太郎の気迫がすさまじいです。

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『三四郎』

夏目漱石 (新潮文庫刊)

漱石作品で、私が一番好きなのが『三四郎』です。明治の草食系・三四郎を取り巻くのは、ミステリアスな美女・美禰子、トラブルメーカー・与次郎、理系オタクの野々宮…。今も昔も、人は大して変わらないのだ、ということに気付かされた本でした。人間誰しもストレイシープ。迷い傷つき、それでも生きねば!

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『舟を編む』

三浦しをん (光文社文庫)

辞書『大渡海』の編集に挑む人々の物語です。主人公の馬締は、不器用で世渡りは下手ですが、言語感覚にたいへん優れていました。似たもの同士ということでしょうか、馬締の不安や悩みが、私にはとても共感できてしまうのです。最後の達成感と言ったらなかった! あれから、私は辞書を引きまくるようになりました。

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平尾くんmini interview

好きなジャンル、作家

ジャンルは、探偵小説、時代・歴史小説、怪奇小説。作家は、夏目漱石、谷崎潤一郎、江戸川乱歩、横溝正史、泉鏡花、北村薫、池波正太郎、司馬遼太郎、藤沢周平、有栖川有栖、京極夏彦…。

 


小学生の頃

小学生の頃から本は好きでした。近くの図書館には今もずっと通っています。

コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』のシリーズは全部読みました。奇想天外なトリックにただただ驚嘆するばかりでした。また、ワトスンの奮闘はすばらしい!  私は『パスカヴィルの犬』が一番好きです。それに夏目漱石の『坊ちゃん』。笑いもしんみりした部分もあり、痛快ではあるが決してハッピーエンドではない。そこが好きでした。

 


影響を受けた本

『魔都 恐怖仮面之巻』栗本薫(講談社文庫)

推理作家が、あるはずのない明治47年の東京にトリップしてしまい、乱歩の世界さながらの活躍をすることになる、というお話です。私は、以前いろいろな本を読んでは、江戸時代や大正時代に生まれたかった、などと思っていました。ところが、本書は、私の憧れる江戸や大正は、本物のそれではない、ユートピア幻想にすぎないということに気づかせてくれました。今精一杯生きるしかないだろう、と教わったのです。

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2015年印象に残った本

『窯変源氏物語』橋本治(中公文庫)

古典の授業で『源氏物語』を習った時、なぜ光源氏はこうも女性遍歴が激しいのだろう、源氏は結局どんな人間なのだろう、と疑問に思っていました。それが、本書で氷解します。本書は光源氏の一人称で書かれています。虚無的な言辞は、決して満たされない人間。とても現代的で、おもしろかったです。

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これから読んでみたい本

日本の作家を読むことが多かったので、これからは外国の作家にも挑戦してみたいです。ほとんど知らないので、SFも読んでみたいです。そして、まだまだ不可思議な部分の残っている『ドグラ・マグラ』にも…。