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体内の健康アプリに管理される世界は幸福か?

『ハーモニー』伊藤計劃

折橋慧さん(神奈川・湘南白百合学園高等学校)

『ハーモニー』(ハヤカワ文庫)
『ハーモニー』(ハヤカワ文庫)

健康管理をするアプリを使っているという人もいるでしょう。アプリストアで「健康」と検索してみると、おびただしい数の健康管理アプリが出てきました。ところが、この『ハーモニー』という小説の中の世界では、スマホではなく、個人の体内に健康管理するアプリが入れられているのです。

 

『ハーモニー』の世界では、例えば、甘党の欲望にかまけて、三食チョコレートパフェを1週間食べ続ける。そうするとこの健康管理アプリが、血糖値が上がっていますよとか、体重が増加していますよとか、知らせて警告してくれるんです。『ハーモニー』の世界では、この健康管理アプリに加え、他の進んだ医療技術によって、肥満や病気、老化でさえもない状態に近づきつつあります。半分くらい不老不死が実現していると言っても過言ではない世界なのです。

 

逆に、健康でない状態というのは絶対有り得ない世界。健康でない状態が許されません。だから、飲酒、喫煙、過度のアルコール摂取、徹夜など、健康に悪いことは全部自分を自傷する行為として、許されない。体の中から常に自分の状態が監視されている世界と言えます。そして街を歩けば同じ体形の人しかいない。このような世界は、窮屈だと思いませんか。主人公も窮屈だと考えていて、「真綿で首を絞められるような優しい世界」だと言っています。

 

ところが、ある日この優しい世界に大事件が起きます。ほとんどすべての人類の体内に入っている健康管理するアプリが、ハッキングされるんです。その結果、起こった事件は集団自殺テロ。全世界で一瞬のうちに6582人もの人が自らの命を絶つ。自傷行為が禁じられているこの世界で、自傷行為の極限とも言える自殺を選んでしまう、そういう事件が起きるのです。そして主人公の女性はこの事件と闘っていくうちに、世界の真相を知ることになります。実はこの物語には、全人類を幸せにする方法が書かれています。そして、彼女が知った真相こそが、物語のラストで実現する理想の世界全人類の幸福へとつながっていくのです。

 

さて、『ハーモニー』の表紙を見ると、タイトルが<harmony/>と中括弧でくくられ、プログラミング言語ふうに表記されています。「ハーモニー」は「調和」という意味ですが、作中でも感情を表す言葉がプログラミング言語ふうに括弧でくくられて表されているんです。そうすると感情さえも何かにコントロールされている機械的、科学的なものに感じられます。それがこの小説の大変不気味なところです。ほかにもたくさん不気味なところがあります。

 

折橋慧さん
折橋慧さん

この物語はSFですが、虚構の世界と言うにはあまりにもリアルすぎる。それなのにラストで実現するのは全人類の幸福という有り得ない幻想です。そこにとてもリアルな恐怖を感じます。私たちが現実の世界で感じている恐怖や社会問題にも通ずるような恐怖、『ハーモニー』の世界に私たちの現実世界が近づいているかのような恐怖です。この本を読むと世界の見方が変わったり、世界に対してちょっと不気味さを感じたりすると思います。

 

 

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<全国高等学校ビブリオバトル2015 関東大会の発表より>