「恥の多い生涯を送って来ました」の一行に衝撃
『人間失格』太宰治
野村龍男くん(東京・広尾学園高等学校)

「恥の多い生涯を送って来ました」。冒頭の、このたった一行目で、僕は雷に打たれたような衝撃を受けました。「恥の多い生涯」、なるほど。いじめられることは恥なんだろうか。この作品と出会った小学4年生のとき、そんなふうに思ったんです。
小4当時、お恥ずかしい話ですが、いじめを受けていました。教室にいるといじめられるから、学校の中のどこか別の場所に居場所を求めた。救いの場であったのが、静寂の場である図書館でした。その中でいろんな本を乱読しました。いまだに図書館の虫で、学校内で最も本を借りているのですが、小4の時ふと手に取って、読んだ瞬間の衝撃。それ以来、とりこになりました。
主人公の大庭葉蔵は父親、そして周りの人間に対し、畏怖の念を抱きます。恐怖します。飯を食わなければ死んでしまう。そんな言葉にすら「おびえ」を感じます。しかし、彼は堀木という友人と出会い、「人間らしい」生き方をし始めます。そんな中、堀木との間で、彼はゲームを始めます。
「自分たちはその時、喜劇名詞、悲劇名詞の当てっこをはじめました。これは、自分の発明した遊戯で、名詞には、男性名詞、女性名詞、中性名詞などの別、つまり分け方があるが、それと同時に、喜劇名詞、悲劇名詞の区別があって然るべきだ。たとえば、汽船と汽車はいずれも悲劇名詞で、市電とバスは、いずれも喜劇名詞、なぜそうなのか、それのわからぬ者は芸術を談ずるに足らん」。そのあとで「もう一つ、これに似た遊戯を当時、自分は発明していました。それは、アントニム、対義語の当てっこでした。黒の対義語は、白。けれど、白の対義語は、赤。赤の対義語は、黒。」
例えば、「美」の対義語になるものは「醜い」に当たるのでしょう。あるいは「美」は喜劇名詞でしょうか、悲劇名詞でしょうか。
周りの人間を「美」として見たら、自分は「醜い」になるのだろうか。それとも自分は同じ人間であるから同じように彼らが「美」であれば自分も「美」なのか。この作品を読んだとき、そんなふうに考えたんですね。
またある時、授業中に、この対義語を使って、あの先生の反対の先生はあの人、でもあの先生の反対の人はあの人、などというふうに時間をつぶした。この作品一つで僕は小学校時代、救われたと言えます。

この作品の中にはいろんな人が出てきます。作品で多く取り上げられているのが、これを書いた太宰治に関しても言えるのですが、女性関係。主人公は、女性に対し、最も恐怖を抱く。人に嫌われるのが嫌いである。それゆえ、おどけ、ピエロのようなことをして、周りの人間を笑わせて自分というものを取り繕う。彼は最終的に女性に溺れ、酒に溺れ、そして薬にも溺れ、そして最後の最後に自分は失格であると言う『人間失格』。ぜひ読んでみてください。
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<全国高等学校ビブリオバトル2015 関東大会の発表より>
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