俺ってなに? 俺って誰? 増殖する俺に自分の価値を問う
『俺俺』星野智幸
岡田純子さん(埼玉県立松山女子高等学校3年)

「俺俺」という言葉を聞くと、おそらくオレオレ詐欺を思い浮かべる方が多いと思います。ご想像どおり、この本ではオレオレ詐欺が起こります。主人公、永野均がオレオレ詐欺をして成功します。
なんと、こんなタイトルなのに、物語の冒頭で詐欺の話は終わってしまうんです。5ページ目で詐欺をして14ページ目でお金をゲット。とんだ急展開です。
主人公はひょんなことから他人の携帯を手にします。その持ち主の母親から電話がかかってきた時に、電話に出て息子になりすましてしまいます。そして会話をするうちに成り行きでオレオレ詐欺をしてしまうことになったんです。
ではその後どうなったのか。家に帰ったら、知らないおばさんがいました。それが詐欺をした相手の母親だったんです。主人公は、その母親の息子、大樹として扱われてしまいます。もうわけがわからず、主人公は大パニック。さらにその後、「見た目も声質も自分とはちょっと違うのに、見た時に本能的に『あ、俺がいる』と思うような人間」が現れます。
さらにその後、自分にそっくりな自分が大量発生します。いっぱい増えます。カオスです。もうわけがわかりません。そんなふうにわけのわからない物語の展開をしていきます。
主人公は自分にそっくりな自分と出会っていき、最初こそ戸惑うんですが、喜びに変わっていきます。なぜかというと自分にそっくりな自分というのが、見た目だけではなく趣味や考え方も似ていたから。何をするのにもいつも一緒だし、何でも分かり合える一番の友達になっていきました。
しかし、だんだん相手の嫌な所が見えてくるようになります。自分にそっくりなやつの嫌な所というのはつまり、自分の嫌なところでもあるわけです。客観的に自分の嫌な所が見えてくるようになり、主人公は自分の価値がよくわからなくなっていってしまいます。
そうして苦しんでいきますが、そんな辛い気持ちをイワシで表現した部分がとても印象的でした。ぜひ、イワシの群れを想像しながら聞いていただきたいと思います。
――俺の頭に鰯のイメージが浮かんでくる。自在に海を泳いでいるようでいて実は俺は周りの鰯に合わせて体を動かしているだけなのだ。前後左右上下、どこを見ても同じ、鰯鰯鰯…そのうち、どの鰯が自分かわからなくなる。自分がそこにいるのかどうかもわからなくなる。
こんなふうに主人公は悩み苦しんでいきます。物語の最後ではどうなってしまうのでしょうか。このわけのわからない展開にふさわしい、きっとみなさんが想像するよりももっと衝撃的な結末がこの物語の最後には待っています。

この物語は、当然ですがフィクションです。絶対に、自分に似ているやつが現れるなんてことはあり得ない。それなのにリアルだなって思ってしまうんです。
それは、このわけのわからない状況におかれた主人公の混乱だったり、また増えすぎた自分に対して自分の価値って一体何なんだろう、俺って誰なんだろうと思う気持ちだったりが、痛いくらい伝わってくるからなのです。
みなさんがもし、自分が自分でなくなってしまったとしたらどうしますか?
そんなことを考えさせてくれる本です。
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<全国高等学校ビブリオバトル2015 全国大会の発表より>
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岡田さんmini interview
本を読むきっかけ
小1のときに「読書マラソンカード」という読書の記録カードが配られてから、学校の図書室に通ったり、母が子どものときに読んでいた本を読むようになりました。
小学生の時のお気に入り
『ダレン・シャン』シリーズ
ダレン・シャン 著、橋本恵 訳(小学館)
なぜタイトルと著者が同じなのか、シリーズをすべて読んだときの衝撃は今でもよく覚えていまいす。当時文庫本サイズが図書室になかったため、大きなハードカバーの本をいつも家に持って帰っていました。
今後読みたい本
歌舞伎や落語といった伝統的な娯楽に興味があるので、そういった本を読みたいです。また、古典文学の現代語訳版も読みたいと思っています。