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寄り添ってくれる誰かがいれば人は強く生きていける

『失はれる物語』乙一

林紗羅さん(東京・実践学園高等学校)

『失はれる物語』(KADOKAWA)
『失はれる物語』(KADOKAWA)

私は日頃から人間は孤独な生き物だと感じています。それは相手が何を思っていて、何を感じているかは、相手の口から真実が語られないかぎり、知ることができないと思うからです。


また、孤独でなくとも、どうしようもない不安だったり、絶望だったりを、感じたことがあるのではないでしょうか。理不尽なことに直面して「なんで私だけ?」と悩むことがあり、そんな時に短編集『失はれる物語』の中の『しあわせは子猫のかたち』という物語に出会いました。


お話は、主人公・僕が大学入学時に新居に引っ越すところから始まります。僕はすごく暗く、クラスに一人はいるようないわゆるコミュ障みたいな人で、人と話すのが苦手で人の輪にもうまく入れず、一人暮らしをすれば誰とも関わらずに一人で生きていけると思って一人暮らしを始めます。


ところが、その次の日に不思議なことが起こるんです。ずっと閉めていたカーテンがいきなり開いていたり、なぜか知らない子猫が家に上がり込んでいたり、爪切りを探した時になぜか机の上に爪切りが置いてある。これは一体誰の仕業なんだと思った時に、お隣さんがやってきます。 


お隣さんは、「この家に住んでいた前の住人は殺されてしまった。飼い主がいなくなった子猫は、今どうしているんだろう?」と話します。でも子猫は元気に遊んでいます。ゴミ箱を見ると自分ではあげていないキャットフードの空箱が捨ててある。「これはまさか……」。そう、それは死んでしまった前の住人のしたことだったのですね。こうして、僕と、死んでしまった住人の雪村という女性、その雪村が飼っていた子猫の、不思議な3人の共同生活が始まります。


私がおもしろいと思ったのが、この物語のヒロイン的な存在である雪村が死んでいるということ。そして、子猫と雪村と関わっていく過程で、絶望にくれていた僕が何を思うかというところです。僕は世界の暗いところだけ見てしまうような人ですが、雪村と子猫は世界の光を眩しいほどに受けるような存在として描かれています。子猫は、僕がその暖かさを受けて気持ちが変わって、最後は前向きに生きていこうという決心をする要因になる役割だと思います。

 

林紗羅さん
林紗羅さん

この本を読んで感じたのは、「人は寄り添ってくれる誰かがいれば強く生きていけるのだ」ということです。それは家族や恋人ではなくても、友人ではなくても、私の場合もそうだったんですが、たった一冊の本であっても、寄り添ってくれる何かがあれば人間は強く生きていけるんだなと感じました。

私も人とコミュニケーションを取るのが苦手なのですが、主人公であるコミュ障の僕に共感しました。そして、最後に雪村から主人公に届いた手紙にもすっかり共感してしまいました。胸が苦しくなった時、どうしようもない不安に襲われた時に、この本を読んでほしいなと思います。


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<全国高等学校ビブリオバトル関東大会の発表より>