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妻が弾いてくれた曲の意味は…。切なさあふれる短編集

『失はれる物語』乙一

青森大晴くん(長野県松本工業高等学校)

『失はれる物語』(KADOKAWA)
『失はれる物語』(KADOKAWA)

乙一さんというのは、僕と同じ工業系の高校へ行って、工業系の大学へ行って小説家になったという変わった経歴を持っている人で、感動系を書く一方で、ちょっとグロテスクなミステリーなども書いています。また、純愛小説だったら中田永一という名義で、怖い系なら山白朝子という名義でも小説を書いています。

 

乙一さんは、人の感情の揺れ動きを書くのがとてもうまい人だと思っていますが、短編集『失はれる物語』には、いろんな「切なさ」が書かれています。例えば努力が報われない切なさとか、大切な人と別れてしまう切なさとか。

 

『Calling You』という短編は、携帯を持っていない女の子が、もし携帯を持つならこんなのがいいなどと1日中考えていました。するとだんだん頭の中で、時計を確認できたり、着信音を設定できたり、携帯がリアルになってきました。そして、バスの中で鳴り出すという不思議なことが起きます。そして、シンヤという男の子と知り合って…。この話の「切なさ」は運命を変えられない切なさだと思います。というのは、ある時、主人公は大きな失敗をしてしまいます。そして不思議な力でそれを挽回できるチャンスをもらえるのですが、それも失敗してしまう。主人公は悲しみに暮れます。けれど、あることがきっかけで主人公は立ち直り、強い人間に成長していく。そこが、この話のいいところだと思います。

 

また、この本のタイトルになっている『失はれる物語』。元音楽教師の妻との結婚生活は、うまくいっていませんでした。主人公は、通勤中に事故に遭い、動かせるのが右腕の人さし指だけという状態になってしまった。妻は毎日見舞いに来てくれる。そのうち、妻のことを大事に思えてくる、しかし、同時に妻が疲れていくのを感じるんです。音楽教師だった妻が、自分の手を鍵盤に見立てて曲を弾いてくれるのですが、それは、リストの「ためいき」という悲しい曲でした。主人公は自分が負担になっていると悩み始め、ある決断をする…。この話の「切なさ」は、大切に思うからこそ離れなければならないというところです。

 

この本の表紙は、印刷技術で濡れた感じになっています。デザイン本でも紹介された、見る価値のあるデザインなのだそうです。これは、涙を表していて、短編全体でのテーマだと思いますが、やはり一番は『失はれる物語』の涙。妻に自分を殺してくれと伝えられない涙だと思います。

 

青森大晴くん
青森大晴くん

本書の最後に、『ボクの賢いパンツくん』という数ページの短い話が載っています。小学生の男の子のブリーフパンツがしゃべり出すという話で、面白い話ですが、ここにも「切なさ」があるので、こちらもぜひ読んでみてください。

 

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<全国高等学校ビブリオバトル2015 関東大会の発表より>

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青森さんmini interview

好きなジャンル、作家

好きなジャンルは、フィクションなら何でも。好きな作家は乙一さんです。

 


本を好きになったきっかけ家

本を読み始めたのは小学校の時で、きっかけは姉や父の影響です。

 


小学校の頃

ダレン・シャンの『デモナータ』などが好きでした。