人と妖怪が同居する不思議なアパートで成長していく高校生
『妖怪アパートの幽雅な日常』香月日輪
畠朱里さん(大阪市立南高等学校)

作者の香月日輪さんは、妖怪や幽霊、魔法が出てくる本をたくさん書いていますが、とくに『妖怪アパートの幽雅な日常』をおすすめしたいと思います。
主人公の高校生・稲葉夕士は両親を亡くしています。彼がひょんなことから妖怪アパートに入居することとなり、そこで出会った妖怪や、妖怪以上に個性的な人間と過ごすうちに、段々と成長していくというお話です。
この本には、るり子さんという妖怪アパートの賄いさんが登場します。るり子さんの生前の夢は小料理屋を開くことだったのですが、バラバラ殺人の被害に遭い手首だけの幽霊になってしまいました。だから妖怪アパートの賄いさんとして料理を作り、住人たちに美味しいと言ってもらえることを喜びとしているのです。
そんなるり子さんの作る料理は、例えば、薄切り肉の湯葉巻きと焼きナスの田楽、鯛のお造りはあくまでも上品に。魚介類と夏野菜たっぷりの石焼きそばは、石鍋の中でジュウジュウ音を立てて焼け、香りを嗅ぐだけで100倍にも力になりそうなコチュジャン味。こんな料理描写も『妖怪アパートの幽雅な日常』の魅力のひとつです。るり子さんの美味しい料理を食べて、夕士は心も体も大きく成長していきます。
妖怪アパートにはるり子さん以外にもたくさんの妖怪や幽霊、人間が住んでいます。彼らにはそれぞれ事情があり、過去があるのです。幽霊のひとりは母親に虐待され死んでしまった赤ちゃんの霊。死んでもなお母親に縛られ成仏できずにいたのですが、夕士やアパートの住人たちと過ごすうちに笑顔になり成仏できるようになります。妖怪なのに大手会社に勤める佐藤さん。佐藤さんは人間になりたかった妖怪で、死ぬときは人間と同じように、家族を想って歳をとっていきたいと語っています。さらには本物の人間である一色黎明さん。一色さんは有名な詩人で童話作家。耽美でグロテスクな作風と文体に熱狂的なファンがいます。そんな魅力的な登場人物が語る深い言葉をみなさんにも味わってほしい、これがこの本をおすすめする最大の理由です。

妖怪アパートの住人が夕士に向かっていった言葉に、「君の人生は長く世界は果てしなく広い。肩の力を抜いていこう」というものがあります。この言葉は夕士が悩んだときに度々出てくる重要な言葉でもあります。世界は果てしなく広い、まさに段々と視野を広げ世界を広げていく夕士を導く言葉だと思います。私は一色さんの言った「人間っていいね」という何気ない言葉にも心惹かれました。夕士と一緒に悩みを解決し元気をもらえる、ページをめくる手が止まらない、そんな本です。
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<全国高等学校ビブリオバトル2015 関西大会の発表より>
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畠さんmini interview
好きなジャンル・作家
ジャンルはファンタジー、恋愛、推理。作家は茅田砂胡、有川浩、はやみねかおる。
小学生のとき
小学6年ぐらいときに、図書室の先生に怪盗ルパンシリーズの『813の謎』をすすめられて、本を読むようになりました。はやみねかおるの「夢水清志郎シリーズ」が好きでした。わがままでだらしのない変人だけど名探偵の夢水清志郎が事件を解決する話です。
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印象に残った本 2015年
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今後読みたい本
司馬遼太郎を読んでみたいです。