あなたの苦い思い出も、キラキラした思い出に変えてくれる時計屋さん
『思い出のとき 修理します』谷瑞恵
鬼頭さくらさん(大阪・浪速高等学校)

もしタイムマシーンに乗って過去に帰れるとしたら、あの時こうしたら良かった、こう言えば良かった、というようなやり直したい思い出はないでしょうか。私がもし過去に帰れるとしたら、まずは1年生の1学期中間テストまで戻って、大失敗したテストをはじめからやり直したいと思います。まあそんな私の思い出はもうどうすることもできませんが、みなさんの思い出ならやり直すことができるかもしれません。
『思い出のとき 修理します』では、都会での生活に疲れ、田舎の小さな商店街に引っ越してきた主人公・明里と、その向かいに住む時計屋・秀司との話が5つの短編に綴られています。この時計屋・秀司のお店のショーウインドーには、「思い出の時 修理します」というプレートが飾られています。そしてそのプレートに魅せられ、傷ついた思い出を抱えた人たちが次々とこの店に訪れます。
どの話も良い話ばかりなのですが、その中でも一番好きな話『茜色のワンピース』というお話を紹介します。
この町から出ることになったハルエさんというおばあさんが、最後の思い出に縁日に行きたいという願いからはじまります。しかしこのおばあさん、足を悪くしてしまったため、主人公の明里に、おばあさんの思い出の品でもある茜色のワンピースを着て代わりに縁日に行って欲しいと話します。
このおばあさん実は若いときはモテモテで、多くの人から告白が殺到していました。しかし、ひとりだけどうしても振り向いてくれない男性がいたのです。おばあさんは18歳の時この男性と一緒に縁日へ行くのですが、それがとても苦い思い出に終わってしまうのです。そんな思い出も、時計屋・秀司の手にかかると、優しくも切ない素敵な思い出に変わるのです。もう振り向いてくれないと思い諦めてしまったおばあさんですが、実はこの男性と両想い。そして縁日の最後に彼を傷つけてしまったと思っていたおばあさんですが、それは誤解だとわかった時には、おばあさんにとってはキラキラとした素敵な思い出と変わったのです。
秀司には、タイムマシーンに乗って過去を変える、ということはできないし、その人の過去が見えるといった超能力もありません。ただひとつできるのは、その人の話を聞くことです。秀司は当人の話を聞いたり、当時を知る人たちから話を聞いたりすることによって真実を紐解くのです。
おばあさんの場合も、おばあさんの話を聞き、おばあさんの当時を知る人たちから話を聞き、また自らの足で実際に縁日を歩くことによってこの真実を見つけ出しました。このように人の心を推し量ることによって真実を見つけ出し、人の心を少しでも軽くしてあげようと努力する秀司の姿が、主人公の明里と同様にとても眩しく感じました。秀司には何か特別な、人の心を癒せるような力があるのかもしれません。この話を読むと、きっと心が癒されていくでしょう。

ところで、秀司のお店にかかっている、書名と同じ「思い出のとき 修理します」という言葉が気にならなかったでしょうか。私は読み始めたときから、時計屋なのにどうして「思い出の時計 修理します」と書かずに「思い出の時 修理します」と書いたのかとても気になっていました。ということでこの謎が気になった方も、また修理して欲しい思い出をお持ちの方も、ぜひ読んでみてください。
[出版社のサイトへ]
<全国高等学校ビブリオバトル2015 大阪大会の発表より>
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鬼頭さんmini interview
好きなジャンル、作家
好きなジャンルはミステリー。作家では、有川浩、東野圭吾、東川篤哉、三上延が好きです。
今後読みたい本
ジャンルはミステリー、作家は住野よるさん。動物が好きなので、動物が登場する話が読みたいです。