みんなのおススメ

攻めの辞書「新解さん」の人間味とパワーを堪能

『新解さんの謎』赤瀬川原平

佐藤美月さん(宮城県名取北高等学校3年)

『新解さんの謎』(文春文庫)
『新解さんの謎』(文春文庫)

国語辞典というものは、重く、分厚く、堅苦しく、わからない言葉が出てきた時に使う、意味調べの道具。そのような認識を持っている方がほとんどだと思います。私もそうでした。でも、そんな国語辞典に対するイメージを一蹴してくれるかもしれない、そういう本を紹介します。

 

『新解さんの謎』というタイトルにある「新解さん」、いったい何者かと申しますと、三省堂『新明解国語辞典』です。この国語辞典のことを、著者の赤瀬川原平さんは、親しみと敬意を込めて「新解さん」と呼んでいるわけです。

 

一見ありふれた国語辞典の新解さんの何がそんなに謎なのかと申しますと、この『新明解国語辞典』は辞書という身でありながら、用例、言葉の説明の端々に何か攻めてくるものを感じるんです。人情だったり人間味だったり、そういったものをじわじわ、じわじわ醸し出してきて、読者に「何だこれは?」という思いを感じさせてしまうんです。

 

例えば「ゴキブリ」という言葉。みなさんご存知、不快害虫の代表格です。この「ゴキブリ」を新明解国語辞典で引いてみましょう。

 

ゴキブリ:台所をはじめ、住宅のあらゆる部分に住む油色の平たい害虫。触ると臭い。アブラムシ。

 

触ったんですね。触った上にその指を嗅いでいる。しかもそれが住宅のあらゆる所に住んでいる。たまったもんではありません。どうですか、辞書という身でありながらこの行動力。もう一ついってみましょう。

 

例えば「ぬるぬる」という擬態語。まず説明をみてみましょう。

 

ぬるぬる:粘液や苔状のもので覆われているものの表面が、粘りついたり滑りやすそうであったりすることを表す。

 

ここまでは普通の国語辞典ですね。でも用例がすごいんです。以下です。

 

――船縁から覗いてみたら、金魚のような縞のある魚が糸にくっついて右左へ漂いながら手に応じて浮き上がってくる。ようやくつかまえて針を取ろうとするが、なかなか取れない。つかまえた手はぬるぬるする。大いに気味が悪い。

 

こうです。この「ぬるぬる」というありふれた4文字の擬態語を表現するためだけに4行も使ってこんなにも情熱的に説明してくれる辞書、これはもはや文学。こんなに情熱的に説明してくれる辞書を私は知りませんでした。

 

私はこの本に出会って、国語辞典の新しい楽しみ方というのを知りました。今まで、意味調べの道具であり、使い終わったら鍋敷か文鎮の代わりにしかならないと思っていたこの分厚い紙の塊も、その文章の裏には人間がいる。人間がいてそれを作っている。そうした人の、手や目や経験が織り込まれた上で辞書というものができている。

 

佐藤美月さん
佐藤美月さん

著者の赤瀬川さんは『新明解国語辞典』は攻めの辞書であるとおっしゃっています。中立的に守りに徹して書いていれば何ら怒られることはない辞書。でもそれでは明解にならないかもしれない。だからそこで敢えて一歩踏み込んだ説明を込めてくる、この明解さを求めるパワーを、ぜひともみなさんに感じとっていただきたいです。

 

『新解さんの謎』と『新明解国語辞典』で、辞書の新しい楽しみ方、読み物としての辞書の楽しみ方をぜひ知っていただきたい。そして、どんどん新しい謎を見つけ、お友達や家族などにどんどんどんどん新明解ワールドを広げていただけたらいいなと思っております。

 

 

[出版社のサイトへ]

 

<全国高等学校ビブリオバトル2015 全国大会の発表より>