みんなのおススメ

使える文字が一文字ずつ減っていく!? まさに本好きのための本

『残像に口紅を』筒井康隆

阿部希望さん(大分県立芸術緑丘高等学校2年)

『残像に口紅を』(中央公論新社)
『残像に口紅を』(中央公論新社)

一見地味な表紙でつまらなさそうな本ですが、この本の中にはある驚くべき仕掛けが施されています。それは何かというと、まずこの本の最初から最後まで、1回も「あ」という文字が出てきません。

 

例えば「あい」や「あなた」。「ヴァイオリン」の小文字の「ぁ」や「髪をカールする」の伸ばす「あ」も出てきません。さらに5ページ目からは「ぱぴぷぺぽ」の「ぱ」、10ページ目からは「さしすせそ」の「せ」がなくなります。このように、どんどん使える文字が減っていくという不思議な小説です。

 

それはなぜかというと、主人公の小説家が面白い話が書きたいなと思って、だんだん文字が減っていく小説を書こうとしたのです。

 

ある日、「ゆ」っていう文字を消して小説を書いたら娘の弓子さんがいなくなっちゃいます。そして弓子さんのことを思い出すこともできなくなってしまった。そうやって文字が消える小説を書いていったら、行きつけのお店や大好きな本、それから妻や家族などもどんどん消えていく、そんな世界でこの主人公は何を思うのかっていう、不思議な言葉遊びと面白いストーリーが同時に楽しめる本になっています。

 

主人公が汗をかいた時には、「あ」が使えないから「汗をかいた」とは書けないんですね。その時に筒井先生は「僕は発汗した」と表しました。残った言葉でやりくりしようとすると、別の言葉に置き換えたりします。だから、難しい言葉がいっぱい出てくるんです。私が知らない単語がいっぱい出てきて、読み終わったら一冊国語辞典を読み終えたように語彙力が身につきました。

 

小論文や手紙を書くときに、「僕はこう考えています」の「す」が使えなくなったらとても困りますよね。そういう大変な努力をしてこの筒井先生はどんどん使える文字が減っていく本を書きあげたので、書く間に筒井先生は二回胃潰瘍で入院しています。筒井先生の苦労が本当に伝わってきます。

 

面白いシーンがあって、「ふ」を消したらこの主人公の服が消えちゃって、裸になるんです。「こいつはヤバイ」と思って主人公は服を何かに言い換えようと思います。そして「そうだ、ぼくは衣類を着ているじゃないか」と言い換えるんです。そういう面白いシーンもあるので、お堅い小説だと思わずに、言葉遊びだと思って軽い気持ちで読んで、どっぷりと浸かってみてください。

 

阿部希望さん
阿部希望さん

どんどん使える文字が減っていくというお話ですから、映画化やコミカライズ、漫画化は絶対無理です。だから映画好きにはこの小説を読む感動は伝わらないんです。本好きの人だけが、この小説を読んで「あぁー」って思えるんです。この本は本好きの人のための本です。

 

最後、どんどん文字が減っていって、半分までいったら残り30音しかありません。最後の最後は「が」と「ん」の二文字しかなくなります。二文字でどうやってオチをつけるか? 「が」と「ん」でどうやってオチをつけているのかは、ぜひ読んでみてください。

 

 

 

[出版社のサイトへ]

 

<全国高等学校ビブリオバトル2015 全国大会の発表より>

こちらも 阿部さんおすすめ

『よだかの星』

宮沢賢治(偕成社)

心の道標のような賢治作品。その中でも一番素直にテーマが伝わる、お守りのような本。

[出版社のサイトへ]

 

『虐殺器官』

伊藤計劃(ハヤカワ文庫JA)

科学が発達した中で、戦争はどうなるのかを描いたSF小説の名作。

[出版社のサイトへ]

 

『ステーシーズ』

大槻ケンヂ(角川文庫)

14~17歳の少女がゾンビ化するという題材で、ここまで引きこまれる世界観を作り出せるのは、脱帽である。少女の夢の結晶のような本。

[出版社のサイトへ]

 

阿部さんmini interview

好きなのは

好きな本のジャンル:SF/サスペンス、好きな作家:伊藤計劃/小林泰三

 


小学時代の愛読書

『虎の弟子』

ローレンス・イエップ

金原瑞人、西田登:訳(あすなろ書房)

中国からサンフランシスコに持ち込まれた、「フェニックスのたまご」を求めて様々な妖しが動き始める。奇想天外な中国系ファンタジー。

[出版社のサイトへ]