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住んでいた人の記憶が家を包み込む。幽霊が語る物語

『私の家では何も起こらない』恩田陸

渡邊理紗さん(東京・豊島岡女子学園高等学校)

『私の家では何も起こらない』(KADOKAWA)
『私の家では何も起こらない』(KADOKAWA)

「私ね、ここに来て考えたの。デジャヴって、笑わないでよ! デジャヴって、じつは幽霊のことなんじゃないかって」


これは、恩田陸さんの短編集『私の家では何も起こらない』に出てきた言葉です。


私は、最初にこの言葉を読んだ時は意味がわからなかったのですが、後からよくよく思い返してみると実はこの言葉こそが、この本の一貫したテーマなのではないかと思うようになりました。では、なぜ私がそう思ったのかを説明しつつ、この本の魅力を紹介します。


まず、本書収録のすべての短編の舞台は、とある女性作家が住む「私の家」。日の当たるなだらかな丘の上にある古いけれど、よく手入れの行き届いた可愛らしい小さな家。ベランダには真っ白な洗濯物が干されていて、キッチンの小窓からはアップルパイが焼けるいい匂いが漂ってくる。そんな童話に出てくるような家です。まさに平和そのもの。何も起こらない、平凡で幸せな日常にピッタリです。


けれど、かつてこの家に住んでいた人たちの記憶は決して穏やかなものばかりではありません。笑いあい、語りあい、そして時に憎みあい、殺しあった人々の、喜び、安らぎ、怒り、悲しみ。そのすべてが重なりあって私の家を包み込んでいるのです。


この本はプロローグにあたる表題作『私の家では何も起こらない』からエピローグにあたる『私の家へようこそ』まで、すべての作品が一人称の現在形によって語られています。それぞれの短編の主人公であり傍観者である「私たち」や「僕」や「俺」の心情も台詞も見た風景、聞いた音のすべてが一人称の現在形で、地の文とセリフが一体となったとても不思議な文体で語られているのです。これによって私たち読者は、「私の家」における過去、現在、未来のすべてがまるで自分の目の前にあるような錯覚を覚えます。

さて、ここで最初に述べたせりふが生きてきます。「私ね、ここに来て考えたの。デジャヴって、笑わないでよ! デジャヴって、じつは幽霊のことなんじゃないかって」。


「私の家」で起こる、過去や現在が、「私の家」へと招かれた読者の前に現れる。これこそがデジャヴであり、そして彼女の言う「幽霊を見る」ということなのではないでしょうか。この不思議な感覚こそ、読者がこの本に魅了される最大の理由ではないかと私は思いました。

 

渡邊理紗さん
渡邊理紗さん

この本に出てくる過去を語る人たちの、いわば幽霊たちの語る物語。しかし、幽霊は、得体の知れないものではなくて、自分たちと同じようにかつて確かに生きていた人たち。その思いや経験がそこに残ってしまったものだと思うようになって、幽霊にも親しみが湧くようになりました。

 

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<全国高等学校ビブリオバトル関東大会の発表より>

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渡邊さんmini interview

好きなのは…

ミステリーやSFが好きです。好きな作家は勇嶺薫先生、星新一先生、赤川次郎先生、東野圭吾先生、恩田陸先生、綾辻行人先生、京極夏彦先生が特に好きです。

 


小学生のとき

ファンタジーが好きになったきっかけは、小学1年生の時に読んだ「シェーラひめのぼうけん」(村山早紀)シリーズ、ミステリーが好きになったきっかけは小学2年生の時に読んだ「夢水清志郎事件ノート」(はやみねかおる)シリーズです。

 

小学校の時に読み始めた「怪盗クイーン」(はやみねかおる)シリーズは今でも大好きです。主人公の怪盗が世界中を旅して宝を盗むというある意味オーソドックスな内容ですが、児童書とは思えない個性豊かなキャラクターや深いエピソードに引き込まれます。

 


影響本

上記で紹介した「妖怪アパートの幽雅な日常」シリーズに大きく影響を受けたように思います。作中の登場人物の中に、尊敬できる人、「こうはなりたくない」と思う人、一緒に成長していく人がそれぞれいます。そして、たくさんの面白いエピソードの中から、広い視野を持ち、時には誰かの手を放す厳しさも身につけ、少しずつ成長していくことが大切だと気づかされました。

 


印象本2015

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これから

今まで、いわゆる「名作」と呼ばれる本をほとんど読んでこなかったので、図書室にある全集をちまちま読んでいきたいです。「トム・ソーヤの冒険」とか・・・。