大馬鹿者を演じていた信長の戦略と心の機微
『織田信長』山岡荘八
山下純平くん(兵庫・灘高等学校2年)

織田信長といえば、「天下布武」というスローガンを立てて天下を統一しようとしたけれど、部下に裏切られ本能寺の変で敗れてしまった人物。または「鳴かぬなら殺してしまえ ほととぎす」という歌もあり、この歌からは信長の短気な性格がうかがえます。天下統一を狙っていたのに裏切られた短気な性格の人…といったマイナスのイメージがありますが、この本を読むと信長のイメージが変わると思います。
尾張の大うつけ、つまり大馬鹿者という意味ですが、そんな大うつけの信長の15歳の時から、この物語は始まります。どんな大馬鹿者かというと、例えば、ちゃんと勉強しなくてはいけない時に、馬を乗り回して、いろんなところで暴れ回ったり、父親に向かって平気で暴言を吐いたり…。
でも信長は本当にうつけ者だったわけではないのです。うつけ者を演じていたのです。信長は、自分が天下を統一して人々が笑って暮らせるような平和な世の中を作りたい、そういう大きな志を持っていました。しかし、戦国時代にあって、自分の仲間や親族にも気を許すことはできません。周りの人たちに自分の行動を読まれたり予測されたりして裏をかかれないよう、わざと大うつけ者であることを演じていたのです。
相手に自分の行動を予測させない。それは、信長が城の主になって戦術を考える時にも同じことがいえます。例えば、当時の反信長勢力としてAとBがあります。Aのほうに自分がたった8人の部下を率いて攻め入って、それを反信長勢力Bの仕業のように見せかける。そして、AとBを対立させて反信長勢力を弱らせるのです。
そのような物事の本質を見極めた対策を、先見の明を持って行うことができる。そうした信長のやり方を、この本を通して理解し学ぶことができます。これは僕がこの本で紹介したかった1つ目のポイントです。
2つ目のポイントは、この本には細かな人間の心情の機微が描かれていることです。例えば信長はとても賢いのですが、それを支えていたのは、やはり賢い妻の帰蝶。信長が出陣して立派になって帰ってきても、昔の大うつけの時のような仕草を見せて欲しいなと寂しがる様子などが描かれています。

このように、信長の生き方が学べるということと、人間の心情が描かれているということを強調しましたが、歴史小説というのは、歴史上の事実と事実の間を人間の心情で埋めて、そうすることで歴史を物語にしていく、そういったところに面白さがあるのではないかと思います。これの本には「知恵に学ぶか、愛に触れるか」といったキャッチフレーズがあるのですが、まさにその通りの内容です。
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<全国高等学校ビブリオバトル2015 関西大会の発表より>
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