トビタテ生のヤリタイコト日記
~こんな本が僕たちの背中を押してくれた
下山明彦くん(東京大学文科I類2年)
第17回 出稼ぎ、日本人男性との結婚。日本語を習うフィリピン人

日本語をフィリピン人に教える。ただそれだけのことであっても、生徒の人たちの人生や価値観に触れる機会が少なくありませんでした。
フィリピンの日本語学校で、ボランティアで日本語を教えています。「走ります」や「走らない」、「走る」など動詞の様々な活用を教え、それをプリントにまとめてくるのを宿題とした日のことでした。
ある生徒の宿題をチェックしようと近づくと、プリントをさっと隠されました。どうしたのかと思っていると、「わたしはアンナ先生に見てもらう」と一言。アシスタントをしてくださっていたフィリピン人のアンナ先生の元へ、彼女は去って行ってしまいました。
それからもずっと少し距離を置かれ、どのように関わっていけばいいか最初は迷いました。その後1か月ほど経ち、他の生徒とも打ち解けた頃、彼女は自分の半生について語ってくれたのです。
実は彼女は10年以上前、出稼ぎのために日本に渡っていたのです。日本語がほとんどままならない状態だった彼女の日本での生活は、工場でベルトコンベアから流れてくる部品をひたすら整理する作業の日々でした。日本語の拙さゆえ同僚の日本人からなじられることも多く、彼女にとって日本人に日本語を聞かれることはトラウマにも近い嫌な思い出だったそうです。
そんな彼女は、日本人男性と結婚します。子どもが生まれても慣れない日本語やフィリピンの家族への仕送りで暮らし向きは厳しく、子どもと一緒にフィリピンへ帰ることになってしまいました。子どもは日本語しか話すことができず、フィリピンでの生活に馴染めずに家に引きこもってしまっているそうです。
ただ、そんな家族を支えるためにも、わずかでも話せる日本語は彼女にとっての武器なのです。再度日本に渡るため、言葉を学び始めたのでした。
日本に対し複雑な心情を抱えながらも、なお日本語を学ぶ彼女。「底抜けの明るさ」や「心の豊かさ」などと新興国の人を評しがちですが、そんなステレオタイプを超えたバイタリティーを感じました。
これは決してレアケースではありません。フィリピンでは日本人を親や祖父母に持つ人たちのことを「日系人」とか「新日系人」と呼びますが、僕が日本語を教える学校の生徒のほとんどは新日系人です。そして、「僕が家族の中の誰が日本人なの?」と聞くと、決まってお父さんかおじいさんと答えます。
それもそのはずで、実は日本人男性と外国人女性の国際結婚のうち、フィリピン人女性との国際結婚の数は、中国人女性とのそれに続いて第2位。「フィリピンパブ」などが有名になった頃、多くの男性がフィリピンに渡ったりあるいはフィリピン人の女性が日本へ渡ったりして結婚するカップルが激増したそうです。
もう一つ、驚くべきデータがあります。日本人男性と外国人女性の離婚件数は、日本人女性と外国人男性の離婚件数の4倍ほどだと言います。もちろん、全ての国際結婚がそのような結末になるというわけではありませんが、日本人同士とのそれと比べて離婚率が高いというのも否定できない事実です。多文化共生の象徴として華やかな印象を持つ国際結婚ですが、とりわけ日本人男性と外国人女性のそれは、日本とその国とのいびつな力関係を象徴しているとも言えるかもしれません。
日本とフィリピン。そこには厳然として「差」が存在しています。その差は前述したような形で現れることもあれば、日本からフィリピンへの寄付やボランティアといった形で現れることもあります。私たち日本人が彼らに対してとる行動は、その「差」を動機として始まっているのかもしれませんが、その中でもっとも取るべき態度は何なのか。それを考えるとき、僕は以前紹介したGawad Kalingaでのワークショップを思い浮かべます。
※Gawad Kalingaでのワークショップの記事はこちら
「差」を認識し、受け入れながらも、徹底的に他者に寄り添い、共感する。当たり前のようでいて、なかなか難しいこの姿勢こそが、異文化理解や国際貢献の本質なのではないでしょうか。
今回のおススメ本

『わかりあえないことから─コミュニケーション能力とは何か』
平田オリザ(講談社現代新書)
「近頃の若者はコミュニケーション能力がない」なんてよく言われていますが、果たして本当でしょうか? そもそもコミュニケーションって何? 何かを伝えることがコミュニケーションなら、ダンスや歌ならおじさんたちより出来るけど? そう思う人も少なくないんじゃないかと思います。人が人に何かを伝えるという営為について、演劇界の巨匠であり、コミュニケーションに関する教育実践を各地で行っている筆者が答えてくれる本です。
[出版社のサイトへ]
<前回の記事を読む>
第15回 スラムの人々に労働や協働の意義を教えて自立を目指すフィリピンのNGO
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個人面接グループディスカッション
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第5回 一過性の「援助」ではなく、自立に結び付くコミュニティづくりを目指してフィリピンで奮闘 ~トビタテ生の挑戦 その2 大野雛子さん(東洋大学文学部3年)
~本気のヤリタイコトを、社会総がかりで応援する「トビタテ留学JAPAN日本代表プログラム」
選挙の日は、黄色い服で出歩くな ~フィリピン大統領選
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第1回 「勇ましい、高尚なる生涯こそが後世への最大遺物である」
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