高校ビブリオバトル2016
時の概念に一石を投じたタイムスリップ物語
『ランゴリアーズ』スティーヴン・キング 小尾芙佐:訳
森 健人くん(奈良・東大寺学園高校2年)

古今東西の色々な本の題材であるタイムスリップ。この凡庸なテーマを新しい切り口で描いていくのが『ランゴリアーズ』です。
時間というものは未来、現在と過去があって、そこをツーッと連続的に流れていく。つまり、時間とは途切れることのない連続的なものであるということです。このような認識はみなさんの中に存在しているのではないでしょうか。これは日本人に限らず世界中でそうでしょう。英語の”time flies”といった表現がいい具体例でしょう。
『ランゴリアーズ』はこの世界共通の時間認識に一石を投じたと、僕が勝手に思っています。『ランゴリアーズ』における時間には現在があります。むしろほとんど現在しかなく、あとは申し訳程度の過去と未来があるだけなのです。残りの過去や未来は消えてしまったのです。
なぜ消えてしまったのでしょうか。それは『ランゴリアーズ』によって消えてしまったのです。では、ランゴリアーズとは何なのでしょうか。それは小さい生き物の大群です。これ以上はネタばれになってしまうので明かせませんが、恐ろしいモノたちです。
とにかく、ここで伝えたいのは、この本の中で時間が途切れ、消えてしまっているということです。
この本を読んでから、僕はそぞろにやりきれなく、悲しい気持ちになりました。誰でも思い出話をするでしょう。通り過ぎて行った過去のことを話しをするでしょう。でも、それはもう消えてなくなっているのです。いろいろなことに挑戦しても、それは消えてなくなってしまっているのです。だから、一体僕たちは何のために生きているのだろうというふうになるわけです。

しかし、そういうネガティブな考え方から一週間くらい経つとポジティブな考え方に変わりました。あるのが現在だけなら、その現在に取り組めばいいじゃないか。逆に失敗しても、それは過去のことで消えるからいいじゃないか。つまり、現在に立ち向かって失敗を恐れない。「現在、目の前を見ろ」というのは簡単ですが、根拠がいる。その根拠となっている、僕の心の支えとなっているのがこの本なのです。
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<全国高等学校ビブリオバトル2016 全国大会の発表より>
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『青の時代』
三島由紀夫(新潮文庫刊)
『禁色』、『仮面の告白』、『金閣寺』、『豊饒の海』…と三島由紀夫の傑作と言われるものは他にたくさんあり、三嶋由紀夫自身もこの小説については失敗作だと評しています。しかし、僕の心にいちばん引っかかっているのはこの一冊。
主人公は名家の出身かつ秀才で、理不尽で厳格な父への反抗心から生まれた知への崇拝心から、合理的な生き方を貫いています。しかし自身が設立した金融会社が一度は上手くいったものの傾き始め、歪んだ愛に満ちた女性との関係も破綻。何もかもが崩れていく青年を描いた破滅の物語です。
青年はひたすら合理的に生きているはずなのに瓦解していく。この青年が生きる目的とその価値が最後まで見出せず、感じるのは虚無感のみ。しかしそんな青年になぜか僕は親近感を覚えます。これが僕が最も魅かれた点だと思います。そして何かに対して虚無感を抱いている時ほど、この小説はふしぎな愛着を感じさせ、面白くなるだと思うのです。
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『シルマリルの物語』
J・R・R・トールキン 田中明子:訳(評論社)
シルマリルという宝石を巡るドラマを描いたこの小説『シルマリルの物語』では神々による「トールキンワールド」の創造から描かれています。
「トールキンワールド」というのは作者が創りだした舞台となる世界のことです。トールキンは小説のために創世を行い、いろいろな種族を生み出し、それぞれの言語を文法から構築してそれぞれの文化と習慣を与えました。世間にも広く知れ渡った名作中の名作ファンタジー『指輪物語』(ロード・オブ・ザ・リング)のヒットのカギはこの異常なまでの綿密さです。そしてその世界の一部分の一時代だけを切り取ったのが『指輪物語』なのです。
それゆえ、「トールキンワールド」の他の部分を読まずにいるのはもったいない。この小説を読めばトールキンの世界をより深く知ることができる上、あふれるファンタジー作品の中に渦巻くトールキンの流れに気づく悦びを感じるでしょう。ただ、『指輪物語』を読んだことがない方は、まずそちらからどうぞ。

『図書館警察』
スティーブン・キング 白石 朗:訳(文春文庫)
図書館から借りた本を紛失したがために、「図書館警察」から追われるという内容のホラー小説。図書館警察とは、督促を行うだけの存在で、物をなくしたから怒られるという驚くほど稚拙な構図であるはずが、執拗な恐怖で上塗りしていく作品です。
「暗闇は子どもたちをひきつける。暗闇は子どもたちを手招きする」。これは子どもたちに対する読み聞かせの一幕です。平穏という言葉がふさわしいはずの「図書館」はどのような姿を示してくるのか。スプラッタではなく、スティーブン・キングならではの独特の恐怖小説です。
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森くんmini interview

好きな作家は、三島由紀夫、北杜夫、スティーブン・キング、ジェフェリー・アーチャー、チャールズ・ディケンズです。

『二都物語』(チャールズ・ディケンズ著)が印象に残っています。親同士が敵の貴族ルーシーとダーネーが恋に落ち、弁護士カーターはルーシーに片思いをする。貴族が処刑されていく革命期のフランスで処刑が決まったダーネーに対してカーターが究極の愛の形を見せる、自分が知る中で最も悲しい恋愛譚。

『幸福な王子』(オスカー・ワイルド著)
一話一話に哀しい結末が待つ短編集。美化されがちな自己犠牲、利他的行為というものに結果を求めることの無意味さを学びました。

『猫と針』(恩田陸著)
高校時代に自主映画を撮ったものの、フィルムを失くしてしまったひと夏を回顧するために、雨の降りしきる夜、一室に会した高校時代の同級生の話。

・ロシア文学にはこれまで何度も途中で心が折れているため、また挑戦したいと思います。
・筒井康隆の著作には興味があります。