高校ビブリオバトル2016

私たちは現実という宿の宿泊客。熊本地震の眠れない夜を思い出す

『現実宿り』坂口恭平

中山遥菜さん(熊本県立宇土高校3年)

『現実宿り』(河出書房新社)
『現実宿り』(河出書房新社)

この本は麻薬です。読んでいると、ふわふわとした浮遊感があったり、幼い頃に想いを馳せる感覚があったり、未来について想起するような、そういう感覚を受けるんです。と言っても、なかなか伝わりませんよね。この本はファンタジーのようでファンタジーではなく、私小説のようで私小説ではない。もう私は決めてしまいました。この本のジャンルは「現実宿り」なんです。

 

この本にはあらすじがありません。脈絡がないんです。

 

この本の中には、いくつもの現実が登場します。砂漠に住む砂たちの現実、灰色の町に住む人間たちの現実、そして作者の現実。そしてその中にまるでパズルのピースがばーっと散らばったかのように、いくつものエッセンスが登場します。

 

砂漠に住む砂たちの現実の中には、森の夢、音のするインク、砂やトカゲが思考する絵本のような世界。どこかメルヘンチックなエッセンスが登場します。

 

灰色の町に住む人間たちの現実の中には、車に乗る男と女の足。禁則事項の多い町など、どこかグロテスクでディストピアな感じのするエッセンスが散らばっています。

 

そして、作者の現実に関しては、作者の実体験を元に書かれているため、少しパズルのピースが繋がったような感じがします。そこに登場するモンゴル人の青年や、その青年や作者の奏でるホーミーの音色などが、事細かに描写されています。

 

作者にとって現実とはどういうものなのかというと、複数存在するもので、いくつもレイヤーがあるものです。この本を読んでいる時、または読んでいない時、私たちは現実という宿の宿泊客になります。どの宿に泊まってもいい、どこを訪ねてもいい、どこで遊んでもいい。私たちは、いつでもそういう現実の中に存在しているのです。

 

この本の読み方は自由です。この本の表紙にはこう書いてあります。

「わたしたちはあなたがこの文字を読むときだけ、書いたものとしてここに現れる。」

 

本当にその通りで、この本を開いたとき、ただ見るだけでは読むことができません。読もうとしてもなかなか読むことができません。しっかり、私はこの本を読むんだ!と、そう思って文字を追い始めた時、私たちはこの本を読むことができるのです。

 

私はこの本の一節にこういう言葉を見つけました。

「重要なのはあなたたちが私たちの周りに座ったことであり、眠れなかったことである。」

 

中山遥菜さん
中山遥菜さん

この本は熊本地震から半年経って刊行されました。私はこの文を読んで、あの地震の時の家の前での光景を思い出しました。私の周りには地域のお年寄りたちが集まっていました。皆眠れなかったんです。そういう夜を過ごしました。それを思い出させてくれます。過去について想いを馳せる、そういう感じがするのはこの本の特徴だと思います。

 

なかなかうまく伝えることができないのですが、この本の言葉は頭の中に流れ込んできます。読もうとすれば流れ込んでくるのです。

 

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<全国高等学校ビブリオバトル2016 全国大会の発表より>

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