高校ビブリオバトル2016

巧みな話術で一流タレントに。誰も本物と気付かない怖さ

『帰ってきたヒトラー』ティメール・ヴェルムシュ 森内薫:訳

飯沼響一くん(山形県立米沢興譲館高校1年)

『帰ってきたヒトラー』(河出文庫)
『帰ってきたヒトラー』(河出文庫)

この本の作者は、生粋のドイツ人です。僕は、ドイツではヒトラーやナチスをネタにするのは絶対にだめだと思っていたので、このような本が出版されるのに驚きました。

 

2011年のドイツによみがえったヒトラーが、お笑い芸人として大ブレイクするという、悪く言ってしまうと、不謹慎なまでの話です。全編面白いですが、特に面白いポイントが前半後半で2つあります。

 

1つ目は、昔の時代の人間であるヒトラーが、現代によみがえったことによるジェネレーションギャップネタです。ヒトラーが薄型テレビにびっくりするという場面があります。ホテルにあった薄型テレビの機能の充実さや画面のきれいさにはじめは驚きます。ですが、チャンネルを何回か回すと、1つ目のチャンネルはネギ料理の番組、2つ目はカブ料理の番組、3つ目はなんと肉料理の番組。料理番組ばっかりだとつっこむシーンがあったり、バラエティ番組のテロップを見て、「これはもしかして、演説で使えるのでは」と思うシーンがあったりします。

 

もっと深い、問題といえる部分は後半にあります。それは、誤解がどんどんと広がっていく部分です。ヒトラーはとあるテレビマンにスカウトされます。ヒトラーそっくりのお笑い芸人だと勘違いされたのです。ですから、テレビに出されます。残念ながら、三流のお笑い芸人ではなく本物のヒトラーです。ですから人の心をがっちりつかんでしまう、彼の巧みな話術はたちまち観衆の心をつかんでしまい、最近ではYouTubeもありますから、それによって全世界にその名を知れ渡らせてしまったというわけです。はじめは単なる三流の芸人だったはずが、中盤ではドイツの政治家と一対一で対談するくらいの一流タレントとなってしまいます。

 

しかしそこまでいってしまうのに、誰も彼が本物のヒトラーだとは気付きません。それは仕方ないことだと思います。誰も、「お笑い番組に出ているこのお笑い芸人、よみがえったヒトラーなんだな」とは思いませんから。彼が、ジョークや風刺でネタを言っているのではなく、本当に自分の言いたいことを主張として言っているということに誰も気付かないのです。それがこの小説の最も深い部分であり、最も面白い部分であると僕は思います。

 

話の途中でなんと、ヒトラーがネオナチに襲撃されるという場面があります。そこでは、もし仮に現代社会にヒトラーのような人間が出てきて発言をしたとしても、それを批判するどころか面白がってネタにし、もてはやしてしまう可能性があるということを皮肉として表しているのではないかと僕は思います。

 

飯沼響一くん
飯沼響一くん

最近ですと、アメリカの大統領選でドナルド・トランプ氏が勝利しました。彼のように大きな家を建てて、胸を張って言いたいことを言う強い雰囲気の人間が世間で支持されていることもあるので、その辺りはしっかりと考えないといけないと僕は思います。現代のヒトラーに対する認識の甘さを突いたこの小説を、皆さんに読んでいただきたいです。

 

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<全国高等学校ビブリオバトル2016 全国大会の発表より>

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飯沼くんmini interview

好きなジャンルは小説。特にロシア文学です。 

好きな作家は、三島由紀夫とドストエフスキーです。

 

『ドン・キホーテ』を読んで、たとえ傷だらけになったとしても、自分の正しさに殉じる主人公に大きな影響を受けました。

 

最近キューバに関心があるので、キューバ文学を読んでみたいです。