高校ビブリオバトル2016
本が子を産む。祖父と幻書をめぐる三代にわたる物語
『本にだって雄と雌があります』小田雅久仁
渡邉万由さん(岡山県立岡山城東高校2年)

私は物心ついた時から、本はもしかして生きているんじゃないかという思いを抱き続けてきました。例えば、すごく面白い本を読んで結末に感動して涙したり、わくわくしたりする。そんなふうに感情を揺さぶる本が、ただの冷たい無機物だとはどうしても思えませんでした。そして、その長年の疑問についに答えが見つかりました。本は、生きています。私はこの本でそれを確信しました。
この本は博という男性が自身の祖父、與次郎についての記録を、様々な書物などから読み起こし、博の息子に語りかけるように残していく、というスタイルで構成されています。この本のメインとなる人物、與次郎は、無類の本好きかつ熱狂的コレクターなので、本好きの方にはすごく親しみやすいキャラクターです。
與次郎はまだ幼い孫の博に言います。「本が騒ぐぞ。本が子を生む」。これはこのままの意味です。本には人間と同様に男と女の性が存在します。恋もしますし、結婚もします。子どもも生みます。そうして生まれた本が、「幻書」になるんです。幻書には、まだ誰も知らない未来のこと、歴史の謎まで事細かに書かれています。
この幻書の題名もとても面白いのです。例えば夏目漱石の『坊っちゃん』と、太宰治の『人間失格』が結婚し、子どもを産めば、その幻書の題名は『坊っちゃん失格』になるのです。この物語は、そんな幻書を軸として織り成す、親子三代にわたる心温まるストーリーです。しかし、ただ単に人間の温かさやユーモアを書くだけではなく、文中の太平洋戦争に対する作者の表現はとても生々しく、真に迫るものがあります。フィクションの中でも決しておろそかにされていない現実性こそ、この物語を私たちの心に問いかけてくるものにしています。この物語の1ページ目の1行目を読んだ瞬間から、與次郎にぐいっと手を引かれ、戦前、戦中、戦後、現在、そして未来まで、與次郎と一緒に幻書をめぐる旅を駆け抜けていくことができます。
さて、本は生きているのでしょうか。この本を読んだ直後、まるで本を自分の家族や友人、恋人のような大切なものとして感じるに違いません。私は読み終わった瞬間、思わずこの本をなでてしまいました。「本は生きている」と思うだけで、本を身近に、大切に感じられるはずです。それは、とても素敵なことだと思います。
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※リンク先は文庫本
<全国高等学校ビブリオバトル2016 全国大会の発表より>
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