高校ビブリオバトル2016
哲学が詰まっているSFショートショート
『ようこそ地球さん』星新一
A .Tさん(東京都立竹早高校1年)

私なりの「哲学」の定義とは「考えること」。そして、難しい哲学の本である必要はありません。『ようこそ地球さん』は私にとっての哲学が詰まっている本だと思っています。20編ほどの短編集『ようこそ地球さん』から、『処刑』というお話を紹介します。
近未来では人が増えすぎて、殺人罪を犯した人に対して死刑や懲役を行う場所がありません。そこで、別の星に送られてしまいます。そこは、暑くて水がなく、かつては開拓もされていましたが今はもう誰もいません。そんな星に、銀色の玉をひとつだけと携帯食料を持たされて送られます。携帯食料は水がないと飲めない赤い粒です。人間は水がないと生きていけません。
この銀色の玉というのが、押すと空気中の水分を水にしてくれます。人工サボテンなどと言われている機械で、その機械を押すと水が少し出てくる。しかし、ある確率で、押したときに爆発もするのです。1回目で爆発するかもしれないし、爆発しないでずっと生きていられるかもしれません。生きるためには水が必要ですから、その機械を持って生きていかなければいけません。と同時に、死のリスクを抱えなくてはならないのです。
そこに送りこまれた人たちはみんなおかしくなっていきます。辺りに、飢え死にしたのか、骨が散らばっていたりするので、死についてどんどん考えていくのです。
主人公がある時、老人に会います。狂ったような老人がこの状況に対して言うセリフがあります。
「あぁもう面倒くさい。結局頭の中に残った一点を見つめ、その一点に縛られて生きているのさ。それが何だかは知るものか。銀の粒かもしれないぜ」
ひたすら考えているのは銀の粒のことです。これはすごく怖いことです。生きるために死の可能性を引きずっているのです。ボタンを押さないと水が出なくて死にますが、押しても死ぬかもしれないのです。

しかし、このことは私たちも経験しているんです。
「あぁそうか。彼はすぐにわかった。これは地球の生活と同じなのだった。いつ現れるかしれない死。自分で毎日、死の原因を作り出しながら、その瞬間をたぐり寄せている。この銀の玉は小さく、そして気になる。地球は大掛かりで、だれも気にしない。それだけの、ちがいだった」
この短編の中には、私たちが今生きている恐ろしさとか、生のありがたさとか、そういうことを考えさせてくれるものが詰まっています。
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<全国高等学校ビブリオバトル2016 関東甲信越大会の発表より>
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A .Tさんmini interview

ミステリーが好き。作家では、星新一、連城三紀彦、森見登美彦、湊かなえ、横山秀夫。

『夜は短し歩けよ乙女』(森見登美彦)
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ラストにどんでん返しある短編集。または、面白い古典・漢文の本(『モチーフで読む美術史』のような本)を読んでみたい。