高校ビブリオバトル2016
雪の上の足跡が導く異次元の世界。娘は母と会えるのか
『箱庭図書館』乙一
吉武南斗さん(東京都・渋谷教育学園渋谷高校2年)

皆さんは1日のうちのどのタイミングで本を読みますか。私は1日の終わりに本を読むことが圧倒的に多いです。今日1日が終わってしまうという虚しさと、今日1日で何も達成できなかった虚しさ、この虚しさを晴らすために本に充実感を求めてしまう。これが夜に僕が本を読む理由です。
その日、僕は夜10時頃布団に入り、学校の図書館で借りたこの本を読み始めました。結局深夜2時までかかって最初から最後まできっちりと読破してしまいました。僕の睡魔に打ち勝ったこの本の魅力を紹介します。
乙一さんといえばホラー作家として有名です。この本を借りる時も先生にそのようなことを聞いたので、あぁこの本は怖いんだなぁと身構えて読み始めたのですが、実はあまりホラーの要素はなくて、かといってミステリーでもなく、私にとっては新しい分野の本となりました。
この本は6つの物語からなる短編集ですが、ただの短編集とは異なり1人の人物、そして舞台となる一つの町がすべての物語の軸として繋がっています。それぞれの物語には別々の主人公がいて、最終的には1人の人物に帰着するというかたちで物語が進んでいきます。
この本を紹介しようと思ったきっかけでもある最後の物語、『ホワイトステップ』について紹介しましょう。舞台は珍しく雪の降ったとある町の正月で、主人公は1人で正月を過ごしている冴えない大学院生の裕喜という男性です。彼が雪の降ったその町で1人散歩をしていると不思議な足跡を見つけました。人が歩いているわけでもないのにひとりでに雪の上にポツンポツンと足跡だけが残されていくのです。彼はその足跡を追い、最終的にその正体を突き止めることができました。
その正体は、裕喜の住んでいる世界の平行世界に住んでいる渡辺ほのかという少女の足跡だったんです。裕喜の住んでいる世界と渡辺ほのかの住んでいる世界はお正月の雪の降っている間だけ、雪の上でだけ繋がることができたのです。つまり彼らはお互いの姿を見ることができません。ですが、雪の上の足跡、または雪の上に書いた文字などは共有することができます。
これだけでは裕喜のお正月の不思議な体験というだけの話なのですが、この物語には隠された大きな真実があったのです。それは、裕喜の住んでいる世界では実は渡辺ほのかは死んでいたという事実です。逆に渡辺ほのかの住んでいる世界では渡辺ほのかの母親が死んでいて逆の世界が繋がったということです。2人は買い物に行く人を決めるためにじゃんけんをしました。そして渡辺ほのかの世界では渡辺ほのかが勝ち、負けた母親が買い物に行き、途中で交通事故に遭って死んでしまったのです。またその逆が裕喜の世界でもありました。そのことを知った裕喜は2人を雪の上で出会わせようと必死に努力します。結論から言うと2人は公園で出会って雪の上でお互いの言葉を伝え合うことができました。2人は自分のせいで相手が買い物に行き、相手が死んでしまったと思ってそれをずっと後悔してずっと申し訳なく思って生きてきて、雪の上でお互いの思いを伝え合って許し合って最終的には2人とも前を向いて生きていけるという物語です。

この『ホワイトステップ』からは、「死」という人生で逃れることのできない大きな虚しさが僕に伝わってきました。ほかの5つの物語でも様々な種類の虚しさが描かれていたのですが、心に強く残ったのはやはり『ホワイトステップ』の「死」の虚しさでした。と同時にこの『ホワイトステップ』を最後まで読むとその虚しさに打ち勝つ強い心、強い勇気というのも私の感情にあって、この本を読むことで、様々な虚しさが次々と襲ってくる人生に立ち向かう勇気がもらえたと思っています。
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(掲載は単行本)
<全国高等学校ビブリオバトル2016 関東甲信越大会の発表より>
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『陽だまりの彼女』
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『世界の中心で、愛をさけぶ』
片山恭一(小学館文庫)
小学6年生の担任の先生の熱烈な薦めで読みました。同級生に隠れて読んでいたのを覚えています。まだ恋の酸いも甘いも噛み分けられない、噛み分けたことすらない、人を好きだという気持ちを知らない僕ですら、その愛の深さとそれゆえの絶望の大きさに、涙を禁じえなかったです。主人公は高校生の松本朔太郎。物語の主題は、恋愛においての、恋というよりむしろ愛の方だと思っています。何かを愛した分いつかそれを失った時に胸に大きな穴があくということ。どんなに愛し合う二人もいつかは死によって別れる時が来る。しかしそれがあまりにも早すぎたということ。1秒でも長く好きな人のそばにいようと思える一冊です。
泣きたいときには、ぜひこれを。
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吉武さんmini interview

母の影響でミステリーが好きです。特に東野圭吾さんのガリレオシリーズや赤川次郎さんの三毛猫ホームズシリーズ。ミステリー以外には西尾維新さんの本を読みます。軽快かつ婉曲的な表現が気に入っています。

今でも覚えている私の活字初体験は東野圭吾さんの『回廊亭殺人事件』です。『かいけつゾロリ』しか読んだことのなかった小学4年生の私は、その当時住んでいたフランスであまりにも暇だったので、ふとそれを手に取りました。1頁目を開いた途端に一気に引き込まれました。気づいたら読み終わっていました。後に他の母の本を読破していきました。

ハリー・ポッターシリーズは寝る間を惜しんで日付をまたいで読んでいました。特に『ハリー・ポッターと秘密の部屋』が好きです。女の子のために頑張る男の子ってホントかっこいい。何度でも感動しています。

『地政学で読む世界覇権2030』(ピーター・ゼイハン)
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『こころ』(夏目漱石)
漱石の代表作です。現代文の授業のために読了しました。「しかし君、恋は罪悪ですよ」という先生の言葉が強く私の“こころ”に響きました。確かに私も同感です。

掟上今日子シリーズの『掟上今日子の旅行記』を読みたいです。ついでにドラマもやらないかなと思います。