高校ビブリオバトル2016

「施設育ちはかわいそう」とみなす固定概念を打ち砕け

『明日の子供たち』有川浩

山田愛玲さん(愛知県立五条高校3年)

『明日の子供たち』(幻冬舎)
『明日の子供たち』(幻冬舎)

世間では児童養護施設に対して「かわいそう」というイメージを持っている人が多いと思いますが、それは私たちの無知、無関心が作り出した固定観念だったのです。そのことを教えてくれたのが、有川浩さんの『明日の子供たち』です。

 

この本は、児童養護施設「あしたの家」の主任職員である三田村慎平が、ここで暮らす子どもたちや職員たちと互いに影響し合いながら、少しずつ成長していく物語です。施設の実情や問題を描きながらも、有川さん独特のいわゆるベタ甘なラブコメ要素を盛り込んだため、とても読みやすい作品になっています。施設のことを知りたいと思っている人たちにとっても、取っ掛かりの1冊になると思います。

 

私が一番心に残っているシーンを紹介します。それは「あしたの家」で暮らす高校生の奏子という少女が、「子どもフェスティバル」で自分の施設に対する思いや、施設を退所した後の支援センターの必要性について説明する場面です。私は昨日、学校の廊下で改めてここを読み返して涙が出そうになり、慌てて帰りました。

 

そのシーンで奏子は、自分が施設育ちであることをかわいそうだと思われたくないと言いました。奏子にとって、施設で暮らせることは幸せなことだったからです。

 

朝晩ご飯を食べることができる。おやつも出てくるし、お小遣いももらえる。毎日学校に行ける。施設に来てこれらのことができるようになって、自分は本当に幸せなのに、どうして何も知らない人たちの同情のために、「かわいそう」と言われなきゃいけないのか。

 

私たちはそれぞれの心の中に、心の物差しを持っています。その心の物差しで測ることは、相手を思いやる上でとても大切です。でもその思いやりの心の物差しを自分のよく知らないことに対して使ってしまうと、私たちと奏子の間に齟齬が生じるように、行き違いが生まれるのではないでしょうか。

 

この本の中で、三田村慎平は奏子に「自分はかわいそうな子どもたちのために何かしてあげたいんだ」と言って、仲たがいを起こしてしまいます。それは私たちにも通じることであって、例えばこれからどんどんグローバル社会になっていく日本において、私たちが固定観念や思い込みを持って相手に接すると、大きなトラブルにつながるのではないでしょうか。私はこの本を読んで、改めてその恐ろしさを感じました。

 

山田愛玲さん
山田愛玲さん

最後の奏子の発表の場面で、私たちと奏子たちは世界が違うわけではなくそれぞれ事情が違うだけで、それぞれ生きてきた環境が違うだけだということに気づかされます。それはこれから私たちが生きていく上で、とても大切な一つのフレーズになるはずです。

 

後ろの帯には「諦める前に、踏み出せ。思い込みの壁を打ち砕け!」と書いてあります。奏子が思い込みや固定観念を打ち砕くシーンは印象的ですが、日常生活で実際に行動に移すのはとても難しいことです。勇気を出して思い込みの壁を打ち砕き、そして社会に出てお互いの相互理解を考える時は、皆さんにこの本のことを思い出していただけるといいなと思います。

 

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<全国高等学校ビブリオバトル2016 東海大会の発表より>

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