高校ビブリオバトル2016

並行世界を移動した彼女は本当に彼女なのか

『僕が愛したすべての君へ』乙野四方字

吉田知樹くん(大阪府・関西大学高等部1年)

『僕が愛したすべての君へ』(ハヤカワ文庫)
『僕が愛したすべての君へ』(ハヤカワ文庫)

この物語は並行世界の中で繰り広げられていきます。まずは並行世界とはどういったものなのか、ドラえもんを例にあげて説明します。

 

勉強ができない怠け者ののび太君は、願いをかなえる「もしもボックス」という道具をドラえもんに借りました。そして勉強ができるようになって怠け者じゃない自分になりたいと願いました。すると彼は勉強ができて怠け者じゃなくなったのですが、ここで質問です。彼は本当にのび太君なのでしょうか。

 

のび太くんの願いがかなったとき、勉強のできるのび太君の世界と勉強のできないのび太君の世界、二つの世界ができたと仮定します。そして二つの世界は時の流れに従って並行に進んでいきます。これを並行世界と呼びます。

 

もちろん、この本の中にはもしもボックスなんてありません。人生の選択によってどんどん並行世界が増えていきます。ドラえもんで言えば、勉強ができないのび太君がその次の日に宿題をする場合と宿題をしない場合、その次の日に宿題をする場合と宿題をしない場合…というふうに、選択肢が増えるごとに平行世界も増えていくのです。

 

並行世界の中には可能性が近いものもあれば遠いものもあります。そして、近い世界は日常的に意図せず入れ替わってしまい、また遠い並行世界を移動する道具も開発されています。これが当たり前になったのがこの本の世界です。

 

主人公の僕は両親が離婚して母親についていきます。彼は少し頭が良すぎたためにクラスでは独りぼっちで、孤独な生活を送っていました。そんなある日、彼にある女の子が話しかけてきます。「私は遠く離れた並行世界からやってきて、しかもその世界で私と君は恋人同士なの。」

 

読みながらある疑問にぶつかりました。ちょっとでも並行世界を移動した彼女は彼女なのでしょうか。その彼女は自分のことを愛してくれているのでしょうか。そしてちょっとだけ世界を入れ替わった彼女を、同じ体で同じ声でちょっとだけ体験が違う彼女を、自分は愛せるのか。愛していけるのか。主人公が出した答えはこの本の中にあります。

 

吉田知樹くん
吉田知樹くん

最後に、この本は並行世界というものについて書かれているのだから、他の並行世界のお話があってもおかしくないわけです。それが同時刊行の『君を愛したひとりの僕へ』という本です。この本には両親が離婚して父親についていった僕の話が書かれています。こちらのタイトルは「ひとりの僕へ」となっていますが、なぜ1冊目は「すべて」でこちらは「ひとり」なのでしょうか。ぜひ2冊を読んでこの疑問を解決してください。この2冊を読めば、きっと並行世界があるという非現実な話に引き込まれていくはずです。皆さんはどちらの並行世界から読みますか。

 

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<全国高等学校ビブリオバトル2016 関西大会の発表より>

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『三日間の幸福』

三秋縋(KADOKAWAメディアワークス文庫)

この物語はWeb上で作者が「げんふうけい」というペンネームで投稿されていた作品です。その名前の通り、物語は「げんふうけい」から始まります。そして、最後には新しい本の世界を見つけることができる一冊です。

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『母性』

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真面目な私には同情することが多いお話でした。物語は母と娘、そして謎の先生の3人により語られ、どんどん話の中に吸い込まれていく。最後まで読んだあとにはきっともう一度読み返したくなる一冊です。

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『砕け散るところを見せてあげる』

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題名とは大きくかけ離れた表紙の絵。そのギャップに惹かれてページをめくり続け、最後の一文を読んだとき、生きるとは、人助けとはどういうものなのかを考えさせられました。

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吉田くんmini interview

本のジャンルは恋愛小説や推理小説が好きです。それと、周囲の人が読んだことのない作品を読むのが好きです。作家で言うと三秋縋、上橋菜穂子、湊かなえさんの3人が特に好きです。

 

小学生の頃から、誰かと何かをすることが苦手だったので、ずっと図書室に通い、一人で本を読んでいました。その頃から1年間に600冊近くの本を読むようになり、本の魅力に惹かれていきました。最初は簡単な説明文を主に読んでいましたが、ある日NHKで放送されていた『獣の奏者エリン』(上橋菜穂子:原作)を見てからは、まず『獣の奏者』を読み、他の小説なども読むようになりました。とりわけ、この『獣の奏者』が大好きで、エリンの懸命に生きようとする姿に心を奪われていたのを覚えています。この本を読むために母に算数のドリルをやらされたのは今となってはいい思い出です。

 

『朽ちていった命 被爆治療83日間の記録』(NHK「東海村臨界事故」取材班:著)

東海村JCO臨界事故について書かれています。この本を読んで少しでも人の命を助ける機械を作りたいと思い医用工学を志すようになりました。

 

『恋する寄生虫』(三秋縋著)

普通、寄生虫がいたら病気になってしまうのが当たり前ですが、この本の中では「寄生虫なき病」というものが描かれていて、これまでの常識を覆されました。

 

2016年アメリカ合衆国大統領選挙でも叫ばれているように、「差別」に関する本を読みたいです。差別と私たちはどのように向き合って、どのように解決していかないといけないのか、現代と向き合える大人になりたいと思います。