高校ビブリオバトル2016

親友は生き返るのか? 最後の5行に秘められた秘密とは?

『夜市』所収「風の古道」恒川光太郎

大出菜々子さん(京都府立鴨沂高校2年)

『夜市』(角川ホラー文庫)
『夜市』(角川ホラー文庫)

ビブリオバトルに出ることが決まり、自分の好きな本の良さがどうしたら伝わるか、ひたすら考えていました。何を伝えたいのか分からなくなり、最終的には、「あれ、本当にこの本、好きだったっけ。」と思ってしまいました。そんな思いにさせた本が、2005年に角川ホラー文庫大賞を受賞した『夜市』。表紙からも、おどろおどろしい雰囲気が伝わってきます。しかし、想像するようなホラーとはちょっと違うと思います。そこに収められた「風の古道」という作品を紹介しましょう。

 

主人公の少年は幼い頃に不思議な古道に迷い込みます。時が経って12歳になった少年はもう一度、親友とともに古道に迷い込みます。そこで旅人レンと出会って一緒に旅をしますが、不慮の事故で親友が命を落としてしまいます。すると旅人レンが「この古道の先には命を生き返らせる寺がある」と言うのです。そこで、親友を助けるためにさらなる旅に出ます。

 

不思議な古道についてこう書かれています。

「いいかい。道というもの中には…決して足を踏み入れてはいけないものもあるんだ。この道はね、そもそも人間で通ることのできる者は、ほんの一握り、何年も修行を重ねたお坊さんか、特殊な血族の者だけだった。戦で国が分かれてあちこち関所があっても、そういう人に限って関係なく抜けていける便利な裏街道だったんだ。だけど、君たちにとってはそうじゃない。君たちが使っていい道じゃない。」

 

この本を読み終えて、喜怒哀楽のどれにも当てはまらない不思議な感覚が残りました。何かを得た訳でもなく、希望に向かって前に進もうというわけでもでもなく、はっきり言ってしまうと解決はしていないんです。でも、良かったんじゃないかと思わせるその理由は最後の5行に隠されています。

 

大出菜々子さん
大出菜々子さん

この本には沢山の掟があります。しかし、読む人にも掟があると私は思います。1つは「夜市」の方から読む。もう1つは、早く結末が知りたいと思って、最後のページを開く

ことは絶対にやめてください。先程も言った、最後の5行は最後に読む。最後に読むから意味があるんです。この2つの掟を守れば、私が感じたような不思議な感覚を味わっていただけると思います。

 

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<全国高等学校ビブリオバトル2016 関西大会の発表より>

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