高校ビブリオバトル2016

物理学者にして夏目漱石の一番弟子が紡ぐ、科学的かつ文学的なエッセイ

『科学と科学者のはなし 寺田寅彦エッセイ集』池内了:編

金澤晴樹くん(奈良県・東大寺学園高校2年)

『科学と科学者のはなし 寺田寅彦エッセイ集』(岩波少年文庫)
『科学と科学者のはなし 寺田寅彦エッセイ集』(岩波少年文庫)

寺田寅彦は物理学者としてはとても有名で、東京大学の教授をしていたことがあります。また、日本学士院の恩賜賞という、学者に送られる日本で一番権威ある賞を受賞したこともあります。一方で作家としても、大学時代に夏目漱石に出会って弟子入りし、一番弟子としてずっと文学的な活動もしてきた人です。

 

その寺田寅彦のエッセイ集。世の中にはたくさんのエッセイがありますが、寺田寅彦のエッセイが他とどう違うか。まず目の付け所が違います。物理学者なので、世の中のいろんな現象に目を向け、「さて、どうなっているのか」ということをずっと見ているのです。

 

例えば満員電車について書いているエッセイ。満員電車はできれば避けたいところですが、寺田寅彦も同じで、満員電車をどうやったら避けられるかをずっと考えました。そして、ついに導き出した結論が「ひたすら空いている電車を待つ」。

 

例えば御堂筋線などがとても混んでいたとしても、10分くらい待てばそれなりに空いている電車が来るんです。それがなぜかということを、具体的なデータやわかりやすい言葉で説明しています。

 

また、文学的な情緒は夏目漱石の弟子ならでは。僕が一番好きなところで、線香花火について述べている文章があります。

 

「実に適当な歩調と配置で、しかも充分な変化をもって火花の音楽が進行する。この音楽のテンポはだんだんに速くなり、密度は増加し、同時に一つ一つの火花は短くなり、火の箭(や)の先端は力弱く垂れ曲る。もはや爆裂するだけの勢力のない火弾が、空気の抵抗のためにその速度を失って、重力のために放物線をえがいて垂れ落ちるのである」

 

科学的な情緒、そして文学的にわかりやすく伝えようという寺田寅彦の文章の面白さがよく詰まっているところだと思います。

 

寺田寅彦は線香花火が大好きらしく、このあとで「線香花火の一本の燃え方には『序破急』があり『起承転結』があり、詩があり音楽がある」と書いています。これもすごく面白いと思います。

 

金澤晴樹くん
金澤晴樹くん

寺田寅彦のいろいろなエッセイの中に、ひとつだけ科学的な考察がほとんどないエッセイがあります。その題名がなんと『夏目漱石先生の追憶』。亡くなった夏目漱石を寺田寅彦が思い出して書いたものです。文学的に淡々と書いているのですが、先生を失って悲しい、寂しいという寺田寅彦の気持ちが伝わってくるいい文章です。夏目漱石がどういう人だったかを知りたい人が読めば、夏目漱石の別の顔がよくわかることでしょう。

 

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<全国高等学校ビブリオバトル2016  関西大会の発表より>

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