高校ビブリオバトル2017

パラレルワールドが混乱させた二人の恋の行方

『君を愛したひとりの僕へ』乙野四方字

畠 美沙希さん(長野県須坂高校2年)

『君を愛したひとりの僕へ』(ハヤカワ文庫JA)
『君を愛したひとりの僕へ』(ハヤカワ文庫JA)

皆さんは心の中に後悔を抱えてはいませんか。誰しも、人生の中でこうしておけば良かったのにと思うタイミングが必ずあると思います。しかし、私たちは異なった選択をした自分の未来を見ることはできません。では、もし違った未来を見ることができ、異なった選択による人生の変化を知ることができるとしたら。言い換えれば後悔を消せる世界があったとしたら、あなたは行きたいと思いますか。

 

『君を愛したひとりの僕へ』のキーワードは平行世界、パラレルワールドです。平行世界とは、ある世界から分岐してそれに並行して存在する世界を指し、その分岐した世界は人の行動一つ一つによって決まるので、無限に増えていきます。例えば、近い世界なら、元の世界との差は、朝食の内容がパンを選んだかご飯を選んだか程度のものですが、遠い世界では、生きるか死ぬかさえ変化してしまいます。

 

この本では、平行世界の存在が証明され、また、意図的に平行世界を移動できる装置が開発されています。両親の離婚を経て父と暮らす主人公の日高暦は、父の職場で佐藤栞という少女に出会い、互いに恋心を抱きます。しかし、そんなある日、父と栞の母が再婚すると聞き、二人は互いに結ばれない現在の世界から、兄弟にならない新しい平行世界へと逃げます。この選択によって、暦は二人が幸せになる世界を探し続けなくてはいけなくなるのです。平行世界によって混乱していく二人の恋の行方とは。二人の全ての可能性を見た暦が出した最後の決断とは。

 

そして、この作品には秘密があります。実は、同じ登場人物で異なったストーリーの本『僕が愛したすべての君へ』が同時刊行されているのです。この二冊は、それぞれ独立した一冊として読むこともできますが、二冊読むことによって驚きの体験をすることができます。さらに、二冊を読むとしたら、読者にはどちらから読むかという選択肢が与えられます。どちらから読んだとしても物語の結末は同じはずですが、実は、どちらから読むかによって、結末に対する感じ方が全く違うのです。この本と出会った瞬間から、作者の準備していた平行世界を疑似体験しているとも言えるでしょう。

 

生きている中で、後悔というものは必ず出てきてしまいます。そうならずに済んだ未来があるのならば、行きたいと思います。しかし、作品中の主人公を見ていると、どの世界であっても、後悔というものは存在し、後悔のない世界はないと気付きます。また、今私たちの周りにはたくさんの人がいて、その人たちとの繋がりは、たくさんの可能性の中からお互いに引き当てたものであると考えさせられます。

 

私は『君を愛したひとりの僕へ』を先に読みました。その選択によって、今この場でこの本を紹介させていただいています。それは偶然なのか必然なのか。この本は、それを問うているような気がします。

 

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<全国高等学校ビブリオバトル2017 全国大会の発表より>

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