高校ビブリオバトル2017
自分は存在していいのか~少女は無償の愛に葛藤し、やがて救いを得る
『i(アイ)』西加奈子
吉永和人くん(徳島県立脇町高校2年)

「あなたはこの世界に存在しません。」
人からこう言われたら皆さんはどう思うでしょうか。
この『i』は、「この世界にアイは存在しません」という言葉から始まります。前日に入学式を終え、初めて受ける数学の授業中に主人公が聞いたこの言葉は、複素数のi(アイ)、虚数単位のことだったのですが、主人公に衝撃を与え、彼女の胸にずっと居座り続けることになるのです。なぜなら、主人公の名前はアイだからです。アメリカ人の父と日本人の母を持つワイルド曽田アイという高校1年生の女の子が主人公です。
では、なぜ彼女はこの言葉に衝撃を受けたのでしょうか。それは、彼女はシリアで生まれ、幼いころに養子として今の両親の元へと引き取られたからです。アイは、父のダニエルが日本語の愛=LOVEに相当することから、母の綾子はアイが英語でI=自分自身を指すことから、つまり、自分をしっかり持った愛のある子どもに育ってほしいという願いを込めて名付けられました。
ですが、この「私」への疑問が彼女にずっと突き刺さります。引き取ってくれた両親が愛を注げば注ぐほど、日々が幸せであればあるほど、彼女の疑問は深まっていくのです。アイ――私は存在していいのだろうか。私ではなく、他の誰かが生きられたかもしれない。彼女は日々、テロで犠牲になった、アイの代わりに生きられたかもしれない死者の数を数え続けるのです。
僕は最初の3ページですっかりこの小説に引き込まれてしまいました。なぜなら、主人公のアイの疑問は僕の疑問でもあったからです。僕だけではなく、皆さんも一度や二度は「自分は何のために生まれてきたのだろう」「自分はこれからどう生きていけばいいのだろう」と悩んだことがあるのではないでしょうか。同世代の方だけでなく、親の世代の方々もそのような経験があるのではないでしょうか。
「人生は自分を探す旅だ」とよく聞きますが、僕はその人生という道のりは決して平坦なものではなく、もがきながら手探りで進んでいくものだと思います。そんな旅の途中にいるアイにも救いはありました。それは高校で出会ったミナという親友と、のちのアイの人生を左右することになるフリーカメラマンのユウという男性の存在です。自分ではどうすることもできない生い立ちや、自分が置かれた環境への葛藤は、彼女自身が築き上げてきた周りの人々からの愛によって癒されていきます。

何事も思い通りにならないこの世の中で生きていくことは、難しいかもしれません。ですが、文字通り周りの人々からの無償の愛によって、生きる力や勇気を彼女は身に付けていきます。
アイは自分の存在を証明することができるのでしょうか。特に後半は息を止めて読んでしまうほど圧倒的で衝撃的な結末が待っています。この本を読み、自分自身の存在の意義を考え直してみてください。そうすれば、人生がもっと愛に溢れた素晴らしいものになると思います。
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<全国高等学校ビブリオバトル2017 全国大会の発表より>
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吉永くんmini interview

SFやファンタジーなどが好きです。作家では、西加奈子さんが好きです。

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