高校ビブリオバトル2017

ディズニーランドは本当に「夢の国」? 裏方で働く青年の成長物語

『ミッキーマウスの憂鬱』松岡圭祐

藤井春人くん(浜松市立高校2年)

『ミッキーマウスの憂鬱』(新潮文庫刊)
『ミッキーマウスの憂鬱』(新潮文庫刊)

まず気になったのはタイトル。「ミッキーマウス」と言えば、ディズニーのメインキャラクターで、夢や希望の象徴です。それに対して、「憂鬱」という、その対極にある言葉が重なっている。どうしてこんなタイトルなのかと、この本を読み始めました。

 

年間訪問者3000万人とも言われている、夢と魔法の国、東京ディズニーランドが、この物語の舞台です。主人公は、派遣会社に勤める21歳の男、後藤大輔。あるとき後藤はディズニーランドに派遣されて、そこで働くことになります。

 

後藤は、ディズニーランドで働くことに、大きな希望を持っていました。それは、お客さんと接し、夢を与えるような存在になりたいと思っていたからです。しかし実際に与えられたのは、お客さんに姿を見せるのが許されない、裏方の仕事でした。

 

それに、夢の王国の舞台裏には、表舞台からは想像もつかない、冷たい現実の世界が広がっていました。正社員と準社員の格差、社員同士の対立、準社員に向けられる理不尽の数々。自分が抱く理想と目の前にある現実の間で後藤が葛藤を重ねる中、ディズニーランドで起きてはならないとんでもない事件が起きてしまい、後藤もそれに巻き込まれていきます。

 

この本のお薦めポイントは2つあります。1つ目は、この本自体が、特大のエンターテインメントそのものであるということです。

 

この本は、非常にいろいろな要素を含んでいます。後藤の成長を描く人間ドラマであり、友情を描く友情ドラマでもあります。かなり激しいアクションシーンもあり、飽きることがありません。だから、全ての人が楽しめるアトラクション、それがこの本なのです。

 

そしてもう一つが、僕がこの本を皆さんにお薦めしたいと思う深い理由なのですが、「働くとはどういうことなのか」ということを、少しだけ教えてくれるというところです。

 

後藤は最初、自分の与えられた仕事に、あまりやりがいを感じられませんでした。もっと派手な仕事がしたい、表舞台に立つような仕事がしたいと思っていたのです。しかし、実際、裏舞台で働いてみたり、起きてはならないその事件と関わったりして、だんだん「大切な何か」というものをつかんでいきます。仕事だとか、夢に関する鍵、そんなものを後藤はつかんでいくのです。そして、それをつかんだ後藤は、自分の仕事にやりがいを感じるようになり、本当の意味での夢の王国の住人となっていくのです。

 

要するに、後藤という一人の人間が変わっていくことがわかります。僕はこの本を読むことによって、後藤が変わる瞬間というのを一緒に見届けることができました。だから、一緒にその鍵というものがつかめたような気がするのです。だから、僕も、働くってこういうことなんだとか、働くとこんなことができるんだとか、あるいは、あしたから頑張ろうといったような自然なほっこりした気持ち、自然な希望というのを、得ることができました。皆さんにも、自然な希望というものを、つかんでもらいたいと思っています。そして、幸せな気持ちを感じてもらえたらと祈っています。

 

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<全国高等学校ビブリオバトル2017 全国大会の発表より>

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