高校ビブリオバトル2017

感情を排した双子の文章が、戦争によって人が変わっていく恐ろしさを淡々と伝える

『悪童日記』アゴタ・クリストフ

堀繁樹:訳

山田モナミさん(広島県立尾道北高校2年)

『悪童日記』(ハヤカワepi文庫)
『悪童日記』(ハヤカワepi文庫)

戦争を題材とした小説を読んだことがありますか。最近話題になったものなら、映画化もされた、百田直樹さんの『永遠の0』。長年読み継がれているものでは、私の出身である広島県を舞台とした、井伏鱒二の『黒い雨』などが挙げられるでしょうか。

 

このような戦争を題材とした小説の多くは、主人公の主観的な目線で、つらい、苦しい、悲しいといった感情を描くことで、私たちに戦争というものがいかに愚かなものなのか、ダイレクトに伝えてくれるものだと思います。しかし、『悪童日記』という小説には、それらの小説よりももっとダイレクトに私たちの心に伝わってくるものがあります。

 

この小説は、双子の少年が主人公です。双子の少年は、戦禍を免れるために、「大きな町」と称される双子が生まれ育った町から、「小さな町」と称される、国境に近い、祖母が暮らす町に疎開する場面から始まります。

 

彼らの祖母は、乱暴で不潔でけちで、町の人からは、夫を毒殺した魔女などと言われているような人物でした。彼らの生活は、母親の愛を一身に受ける生活から、祖母からは乱暴に扱われ、町に出ればよそ者扱い、夫を毒殺した老婆の孫だと、戦争によって弱さや醜さが助長された人々の心を一身に受けるような生活に変わってしまいます。

 

この小説には大きな特徴があります。それは、文体です。この小説は、主人公である双子の少年が、読み書きの勉強のために大きなノートに書き写した作文という形で、話が進んでいくのです。

 

双子たちはこの作文にルールを課します。それは、真実しか書いてはいけないということです。一見当たり前のように思えます。しかし、例えば、「おばあちゃんは魔女に似ている」と書くことは、双子の個人的な感想にすぎないので、書いてはいけません。「おばあちゃんは町の人から魔女と呼ばれている」。これは真実なので、書いてもいいのです。

 

このようなルールによる作文には、感情表現や装飾といったものがほとんどありません。それでは、戦争の悲惨さ、不条理さを伝えることはできないのではないかと思うかもしれませんが、それは全く違います。戦争という恐ろしいことに巻き込まれたときに、人間の弱さがどのように助長されてしまうか、子どもの無垢な目だからこそ切り取ることのできる現実が、『悪童日記』には描かれています。

 

私は広島県で生まれ育ちました。カタカナで「ヒロシマ」と書けば、原爆の被害を受けた広島を想像されることでしょう。そのような県で生まれ育った私には、戦争と平和について考える機会は、他県で育った方よりも多くあったと思います。ですから、戦争についての小説を読む機会もたくさんありましたが、この小説は一番私の心に、戦争は本当に愚かなことだ、絶対にやってはいけないことだ、そう思わせてくれた1冊です。

 

この小説を読み終わった後、私はしばらく放心状態に陥りました。普段は優しい家族や友人、隣人、まわりの人の顔を思い浮かべて、もし、今私たちが戦争に巻き込まれてしまったら、本当に私たちは優しい人間でいられるか考えてしまいました。戦争というのはとても愚かなもので、人を変えてしまう恐ろしい力を持ったものです。きれいな花畑が荒れ地に、天使が悪魔に、善人が悪人になる、そんな力を持っているのです。

 

私たちは、考えなければなりません。戦争とは何なのか。どうすれば平和になるのか。絶対に考えなくてはなりません。それを考えるためにも、私たちは今までの歴史の中で繰り返された事実を知っておく必要があります。平和へ向かうための礎としていくものを考えるために、この小説をぜひ、読んでほしいと思います。

 

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<全国高等学校ビブリオバトル2017 全国大会の発表より>

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