高校ビブリオバトル2017

失われていく自分の人格への恐怖と葛藤の果てに

『変身』東野圭吾

辻本匠くん(京都府立向陽高校1年)

『変身』(講談社文庫)
『変身』(講談社文庫)

この本、実は友達に借りたもので、日頃からその友達とはLINEのやり取りをしていますが、ある日、返事がばったり途絶えました。いったい何をしているんだ、と問い詰めてみたところ、この本を読んでいると言うんですね。自分との会話より面白い本があるのかと、そんなライバル心を抱きながら借りてみたのが、この本と出会ったきっかけです。読んでみると、友達が夢中になるのも無理はないなあと思いました。

 

物語は、成瀬純一という青年が、強盗事件にたまたま巻き込まれて頭に銃弾を浴び、右脳の一部を損傷するも、世界初の脳移植手術によって一命を取り留めた、というところから始まります。彼が目覚めると病室にいました。病室には、手術を行った博士とその助手たちがいましたが、彼が一人になった時、どこかに自動販売機はないものかと病室を出ます。

 

すると、張り紙一つない殺風景な廊下で、ひと気もなく、いくら探しても自動販売機も見つからない。よくよく見ると階段もなければエレベーターもないという、いかにも不気味な病棟でした。僕は実はゾンビ作品が好きなので、そういったいかにも怪しい研究をしているような雰囲気に引き込まれて、この本に夢中になってしまいました。

 

この脳移植を行った後、主人公は変化をしていきます。彼は、もともと職場で上司の言うことに何にも言い返せなくて黙って従ってしまうような、気の弱いまじめな性格でしたが、手術の後は、凶暴化していきます。そして、仕事の効率が悪い同僚をけなしたり、無能だと言って上司に歯向かったりします。

 

また、彼には恋人がいまして、手術の前まではまさにラブラブだったのですが、手術の後は一緒にいても胸が高鳴ったりせず、気持ちが冷めていってしまうのです。彼女は何も変わっていないのに、どうして気持ちが薄れていってしまうのか。彼は自分を責め、二人の関係は壊れていってしまいます。

 

このように、彼が変化していく様子を、「変わった」という言葉ではなくて、彼の言葉遣いや周りの人々との関係に変化によって表現するこの本の描き方には、とても説得力があって、リアリティーを感じました。そしてこの作品は、前半と後半で方向性が大きく変わります。前半は、さきほどのような変化が描かれていて、多くの謎を暴きながら、彼は自分がこの移植された脳に支配されつつあるということを確信します。そして後半では、完全に支配されてしまう最後の瞬間まで自分を見失わない、彼の努力が描かれています。彼の努力は報われるのでしょうか。衝撃のラストシーンとなっています。

 

僕はこの本を読んで、もしこのようなことが実際に起こってしまったら、自分ならどうするかと考えてみました。主人公は、自分の変化になすすべがないことを悟りながらも、最後まで自分として生きようと決心しましたが、僕ならすぐにあきらめてしまうと思います。ですから、彼のあきらめない強さというものに心を打たれました。

 

画期的な手術によって人生が大きく変わってしまった成瀬純一のように、近い将来本当に皆さんの身にも起こってしまうかもしれない、そんなリアルな世界を体感していただきたいと思います。

 

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<全国高等学校ビブリオバトル2017 全国大会の発表より>

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『レ・ミゼラブル』

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『柴犬まるの幸福論』

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