高校ビブリオバトル2017

イヤミスの女王が描く結末の見えない物語は、どんな終わりを迎えるか

『物語のおわり』湊かなえ

山本京佑くん(三重県立伊勢高校3年)

『物語のおわり』(朝日文庫)
『物語のおわり』(朝日文庫)

あるところに少女がいました。少女は本を読むのが好きでした。自分で読むだけではなく、自分で物語を書いては婚約者の男性に読んでもらっていました。少女は婚約者の薦めもあって、出版社に自分の小説を送ります。その作品が一人の小説家の目に止まり、「きみ、私の弟子にならないか」と誘いを受けます。

 

少女は喜びましたが、婚約者はあまりいい顔をしませんでした。なぜなら、その小説家についていい噂を聞かなかったからです。でも、少女はどうしても小説家になりたかったので、婚約者には内緒で一人、駅へと向かいます。でも、駅に着くと、そこには婚約者が待っていました。少女はどうなったのでしょうか。この物語はどういう結末を迎えるのでしょうか。

 

ここで、湊かなえさんの『物語のおわり』という小説を紹介します。

 

『物語のおわり』は、8つの短い物語で構成されていますが、登場人物たちにある共通点があります。それは北海道に旅行で訪れていて、その旅先でなぜか、先ほど紹介した、小説家になりたかった少女が書いた『空の彼方』という小説を手渡されるのです。それは結末のない物語なので、手に取った人はみんな自分なりの終わり方を考え始めます。

 

一つの例を挙げましょう。娘を持つ父親がいます。その娘はアメリカの大学に留学したがっていますが、父親は反対しています。娘は話も聞いてくれないお父さんなんて大嫌い、と家出してしまいました。父親は傷心状態で北海道を訪れ、『空の彼方』を手にします。そして、娘の姿が小説家になりたい少女と重なってくるのです。婚約者がやっていることは、自分が娘に対してやっていることと同じなのではないか。もしかしたら、娘を信じて送り出してあげたほうがいいのだろうか。自分の状況と重ね合わせながら、父親は物語を紡いでいきます。

 

ところで、湊かなえさんといえば、みなさんご存知のように、読んだあとにイヤな気持ちになる「イヤミスの女王」と呼ばれています。しかし、この『物語のおわり』はイヤな気持ちになりません。それどころか、すごく心が洗われたような気持ちになります。

 

湊かなえさんは、人間同士のギスギスとした心模様を描くのがとても上手です。けれども、この『物語のおわり』は、繊細な感情を描くという技法はそのままに、人間が前を向いて歩いて行くという物語を紡いでいると感じました。

 

僕はもともと湊かなえさんの作品が好きですが、これを読んでもっともっと好きになりました。摩周湖やラベンダー畑などの北海道の風景も魅力的に描かれています。

 

先ほど紹介した結末のない物語『空の彼方』は、この作品の冒頭で紹介されています。作品をすべて読み終えたあとに、もう一度、『空の彼方』を読んでみてほしいのです。みなさんが最初に考えた結末と、もう一度読んで考えた結末は変わっているかもしれません。

 

湊かなえさんの作品なのだから、少女は夢を諦めるのかなと思ったのですが、再度読んでみて、「物語って夢がかなわなかったから終わりとなるわけではないんだな。終わりは、また何かの始まりなのかもしれない。再び歩み出していけばいいんだ」と考えました。たとえ心が折れたとしても、ただそれで終わってしまうのではないのだという力強さを教えてくれる作品だと思います。

 

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<全国高等学校ビブリオバトル2017 全国大会の発表より>

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湊かなえさんが好きです。ジャンルはあまりこだわりませんが、さし絵に惹かれてミステリー系をよく読むと思います。

 

『デルトラ・クエスト』:ファンタジーの本は名前とか覚えるのが苦手で敬遠していましたが、唯一ハマった作品でした。謎解きや異世界の生物など今思い出しても胸が躍りますね。

 

『永遠の野原』:母が気に入っている漫画で自分も好きになりました。この漫画を読んで「永遠」って何だろうと改めて考えさせられました。犬が出てくるお話で、犬好きの人は必見です!

 

『マンゴスチンの恋人』:高校生でLGBTに悩む彼らを見ていて凄く考えさせられました。どんな人でも自由に恋する権利はあるし、誰にもそれは邪魔できないという力をくれるような本でした。でも、ただの恋愛のお話ではなくて、高校生のまだ大人になりきれていないところも描かれていて、すごく共感しました。

 

『短歌ください』:図書室で読んでいる、本に関する雑誌「ダ・ヴィンチ」で知りました。短歌はまったく知らないけど、短い言葉の中にいろいろな世界があって小さい宇宙を眺めている気持ちになりました。これを読んで自分でも短歌を考えたのですが、恥ずかしくなってすぐに消したのも良い思い出です。

 

もっと芸術に関する本を読んでみたいと思います。大学では教育学部に進むので、生徒に本を通じて様々な世界を教えることのできる教師になりたいと思っています。