高校ビブリオバトル2017

心のない「脳男」を通して、善と悪の境界を問いかけるミステリー

『脳男』首藤瓜於

小松由妃さん(東京都立松原高校2年)

『脳男』(講談社文庫)
『脳男』(講談社文庫)

いわゆる「善」といわゆる「悪」。あなたは、それに納得できるような線引きができますか。私はできると思っていました。でも、この本を読んでわからなくなってしまいました。善悪の境界線は、いったいどこにあるのでしょうか。

 

『脳男』は、生まれつき心を持たず、超人的な脳だけの存在である脳男が、爆弾犯のアジトに乗り込むところから物語はスタートします。爆弾犯には逃げられてしまい、脳男は警察につかまって精神鑑定を受けることになります。その精神鑑定を担当した女医が、本作のもう一人の主人公である鷲谷真梨子という人物です。

 

真梨子は脳男と接していくうちに様々なことに違和感を覚え、文献にも載っていないような症状に悩まされていきます。解決の糸口が何かつかめないかと、脳男の過去を探ることに決めました。

 

そこで明かされたのは、脳男の壮絶過去でした。祖父に「正義を貫け。悪を裁け。それがお前の使命だ。人間が感情を持つと世界は悪くなってしまう」と言われ続けて育てられたこと。自分の命を顧みず人の命を救ったこと。脳男は使命を果たしていたのです。それを知った真梨子はこう思いました。脳男は本当に感情がない人間ではなく、何かを感じているもののそれを表現できない人物なのではないか、と。

 

物語は、真梨子と脳男のいる病院へ移っていきます。何とそこに、連続爆弾犯が爆弾をしかけにやってきました。紆余曲折あり、爆弾犯は逮捕されたと確信した真梨子でしたが、このあと、読者にも真梨子にも予想していなかった展開が待ち受けています。脳男は使命と運命を果たしたのです、殺人という方法で。

 

脳男は、使命果たしただけで、善悪などという感情はありませんでした。祖父の言葉がすべてでした。でも、殺人は罪です。しかし、連続爆弾犯が死んだことで多数の幸せ、多数の安全を確立できるとしたら、この行動は悪なのでしょうか、善なのでしょうか。

 

本当は、脳男は何か感じていたのではないでしょうか。私はこの本を読むたびに善悪の基準がわからなくなり、何度も何度も読み返しましたが、答えはわかりませんでした。しかし、一つの結論を導き出しました。善悪は絡み合い、引き離すことができないものだと。

 

この作品は、第46回江戸川乱歩賞を満場一致で受賞しています。江戸川乱歩賞は推理小説に贈られる賞です。この本はミステリーとしては一流で、登場人物も魅力的です。その登場人物たちの善悪のぶつかり合いも、とても魅力的です。ですが、この本にはもう一つのミステリーがあったから受賞できたのではないかと思うのです。それは、人間の心の奥底にある善と悪という永遠に解けないミステリーを見事に表現している作品だからです。

 

そして最後に放つ真梨子の言葉は、脳男の心も私たち読者の心も大きくゆり動かすことになります。それは……。

 

 

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<全国高等学校ビブリオバトル2017 全国大会の発表より>

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