高校ビブリオバトル2017

辛くても最後まで読んで。人間の心の闇に迫るせつないストーリー

『いたいのいたいの、とんでゆけ』三秋縋

川井玲苑くん(福島県立郡山北工業高校3年)

『いたいのいたいの、とんでゆけ』(メディアワークス文庫)
『いたいのいたいの、とんでゆけ』(メディアワークス文庫)

あれをしたい、これをしたいという欲望がなければ、人生はつまらないものになるでしょう。しかし、この本の主人公は、まさにそういうつまらない人生を送っていました。そんな主人公の唯一の親友が、ある日突然自殺してしまいました。

 

主人公は悲しみのあまり飲酒運転をして、女の子を轢き殺してしまうのです。ところがそのとき、後ろから女の子に声をかけられます。「私、死んじゃいましたよ。どうしてくれるんですか」と。

 

なぜ死んだはずの女の子が生きていたのか。実はこの女の子は、自分に起きた、いやなできごとを先送りにするという不思議な力を持っているのです。女の子はその力を使って、自分に起こった「死」を10日後に先延ばしにします。

 

この女の子は10日間という貴重な時間を、自分の人生を台無しにした人たちへの復讐に捧げると決意します。そして、「あなたにも手伝ってもらいますよ。人殺しさん」と、主人公を自分の復讐に付き合わせるのです。

 

復讐を終えたとき、この女の子は主人公に対して「ごめんなさい」という言葉を残して去っていきます。なぜ、女の子は「ごめんなさい」と言ったのか。これ以上はネタバレになってしまうので、ここでは言えません。

 

この本を紹介したいと思った理由は2つあります。

 

1つ目は、皆さんがふだん感じている当たり前を、当たり前だと思ってほしくないなと感じたからです。皆さんの多くは、学校や職場に行けば自分の居場所があり、つらいことを分かち合える仲間もいる。家には家族が待っていて、温かいご飯があって安心して眠れる場所がある。しかし、この本に登場する女の子は学校ではいじめられ、家に帰れば虐待を受け、そして安心して眠れる場所もありません。そういう人からすれば、私たちの当たり前の生活はとても幸せなものになります。この本を読んでそれを感じてほしいと思ったのです。

 

2つ目は、いじめがどれだけひどいかということを知ってほしいと思ったからです。私はいじめは殺人未遂と同じだと思っています。

 

印象に残っている話があります。いじめた側が、「昔はやんちゃしていましたが、今は真面目にがんばっています」と言うと、周りの人は「昔はやんちゃしていたけどえらいなぁ、よくがんばっているなぁ」などと言います。それはいじめていたことを知らないから。一方、いじめられていた人は、人間不信になり引きこもって社会に出ることができない。そういう人に対して周りは「いい加減大人なんだから働けよ。いつまでくよくよしているんだ」という言葉を浴びせるのです。いじめられていたことを知らないからです。周りが気づくのは、その人が死んでから。やっと警察も動き、周りも「かわいそうだったな、ひどかったな」と言うのです。

 

こうして死んでいった人たちがどれだけの痛みを抱え、悲しみ苦しんだのか、想像できますか。とても想像できない、ひどいものなのです。だから、いじめや虐待は絶対にしてはいけないのです。そういったことが、この本には生々しく描かれています。

 

私はこの本を最初に読んだとき、つらくて泣いてしまいました。途中で読むのをやめようかと思ったほどです。

 

この本は、客観的に見れば本当に救いようのない物語で、結末にも不満を持ちました。けれども主人公の気持ちになり読むと、この本はとても温かみのあるものになり、結末は同じなのに、あぁ、救われたのだな、決してつらいだけの人生ではなかったのだなと思いました。

 

この本は私たちが目をそむけてしまいがちな「闇」について生々しく描かれています。ぜひ読んでください。

 

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<全国高等学校ビブリオバトル2017 全国大会の発表より>

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三秋縋さんの本を全部読みたいです。