高校ビブリオバトル2017
大食漢のカニと無気力な青年の奇妙な共生生活の果てに
『かにみそ』倉狩聡
山登夏葵くん(静岡県立伊東高校2年)

ほのぼのとしたタイトルからは想像もできないでしょうが、本書はホラーです。しかも、ただのホラーではありません。第20回日本ホラー小説大賞の優秀賞受賞作品です。
主人公は、二人、いや一人と一匹。無気力な青年とカニです。青年は、20歳にもなっても無職です。いろいろな職を転々とし、どれもこれも長続きせず、現在は収入もなく親のすねをかじって生きております。物語は、ある日主人公が海辺で一匹のカニを拾うところから始まります。不思議なカニで、主人公が手を差し伸べると、その手にひょいと乗っかってきました。
もちろん、このカニはただのカニではありません。特殊能力を持っているのです。例えば、物をたくさん食べてその分だけ大きくなったり、また大きくなった姿をある程度の大きさまで縮めたりすることもできます。さらに、主人公が寝ている間や外に出ている間に、テレビを勝手につけて、テレビ番組から日本語を覚え、最終的には主人公と会話するまでになります。
ですが、これらの能力は、このお話の「みそ」ではありません。このカニの一番重要な能力は、何でも食べるということです。文字どおり、何でも。この本の中でカニが食べた物は、魚肉ソーセージ、鶏もも肉、小アジ、豆腐、鶏胸肉、イワシ、野菜の切れ端、煮物の残り、白米、チータラ、生鮭の切り身、鶏のささ身、焼魚、焼き飯、はんぺん、バナナ、マグロの刺身、牛肉、カツオ。そして、人間となっております。
主人公は、このカニの大食のせいで、お母さんからもらえるお小遣いだけでは足りず、もう一度職に就くことになるのですが、その職場の上司が彼女になり、なかなか順風満帆な生活を送っていました。
しかし、あるとき彼はひょんなことから彼女を殺してしまいます。そして何を思ったのか、カニを殺害現場に連れて行き、カニにこう聞きます。「これ食べる?」と。すると、カニはこう答えます。「じゃ、遠慮なく」と。
このあと、主人公とカニは何度も夜の街に繰り出します。あるときはトイレの個室で、あるときはエレベーターで、あるときは路地裏で、カニは人を食べ、主人公はそれを見守るという、なかなかにグロテスクな描写が繰り広げられます。
しかしこのお話は、ただ単にグロテスクなだけではありません。なんせ、この本のキャッチコピーは「泣けるホラー」なのですから。最後には、皆さんがあっと驚くような、そしてもう少し、ほろりと泣いてしまうような展開が待っています。
ここで、カニの生態についてお話します。カニは物を食べる時、砂をこし取って、中に含まれている有機物を食べます。こし取った残りを団子状に丸めて置いておくのですが、これは丸めた砂にはもう餌は残っていないという、ある種の目印のようになっています。いやあ、野生の方々は無意識に賢い。
というわけで、私が思うに、この物語の主なテーマには「食」というものが含まれていると思います。そして、カニの食べる姿を見て、主人公が人間として更生していくお話であると思っています。

最後に、このカニの言葉で私が一番好きなものを紹介したいと思います。
「どうしたの? 浮かない顔しちゃってさ。ちゃんと飯食ってないんでしょ。駄目、駄目。食わなきゃ死ぬのは、人間も俺たちも同じでしょ。腹減ってるとさ、絶望感2割増しになるもんだよ。というわけで、ご飯にしようよ。お前ってば、いつもインスタントばっかりなんだもん。たまには、まっとうなやつ食べようよ」。
おなかがいっぱいだと幸せになりますよね。
[出版社のサイトへ]
<全国高等学校ビブリオバトル2017 静岡県大会の発表より>
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山登くんmini interview

ホラーが好きです。作者さんを気にして読むことはありません。

ニック・シャドウの『真夜中の図書館』シリーズが好きでした。海外のホラーの詰め合わせのような本たちですが、私のホラー好きの土台となった本たちだと思っています。

グースパンプスシリーズ(R.L.スタイン著)の『鏡の向こう側』です。私がホラー好きになった原点です。つまり、ホラーです。子供たちが鏡で遊んでいるうちに、大変なことになっていくというお話です。

『残穢(ざんえ)』(小野不由美著)です。映画も原作も読みましたが、両方とも、今後の一人暮らしが不安になるような内容でした。

もちろんホラー…と言いたいところですが、ホラーばかりでは少々味気ないので、ホラーの次くらいに好きな、スチームパンクなSFか、ファンタジーが読みたいです。