高校ビブリオバトル2017
働きバチが生きた30日間のドラマ
『風の中のマリア』百田尚樹
増田充希くん(静岡・藤枝明誠高校1年)

本書は、著者の百田尚樹さんが、まだデビューして間もないときに書いたものです。
この作品の主人公は、マリアというオオスズメバチの働きバチです。ストーリーは、このマリアが生きた30日間のことを描いています。30日間というのは、夏の始めごろから秋ぐらいにかけてで、オオスズメバチにとっては非常にイベントが多い時期です。
イベントといっても、楽しいものではありません。例えば、夏を過ぎて食べ物が少なくなってくるので、ほかのオオスズメバチの巣を襲ったり、新しい女王バチを育てたり、ということをします。ですから、この期間を小説にするというのは、かなりハチにとってはいろいろなドラマがあるのではないかと思います。
オオスズメバチの働きバチは、ふだんは自分たちの妹に当たる幼虫を育てるための狩りをしています。幼虫は肉食なので、働きバチはほかの昆虫の肉を幼虫に届けるために、いつも飛び回っています。ですから、マリアたちは自分たち働きバチのことを「兵士」とか「戦士」と、そして自分たちが属している巣のことを「帝国」と呼んでいます。「帝国」と聞くと、「大日本帝国」が思い浮かべられると思います。この作品は、もしかしたら、戦争とか日本兵というものを意識しているのではないかと思います。
文章としては、会話文が多くて、登場人物の感情の変化が読み取れる文章が多いと感じます。そのため、主人公や登場人物たちにスムーズに感情移入して読み進められると思います。
僕がこの作品で一番印象に残っているのは、ハチの生態や行動に非常に忠実に従って物語が書かれていることです。ひょっとしたら、簡単な図鑑よりも詳しいのではないかと思うほどです。それで、僕はオオスズメバチに興味が湧いたので、You Tubeなどでオオスズメバチについての動画を見てみました。この小説の最後のあとがきには、作者が参考文献にしたと思われる図鑑的な説明が載っているので、ハチについて興味が湧いたという方は、あとがきまで読むと、知識欲の面でもおなかいっぱいになれるんじゃないかと思います。

「主人公はハチ」ですが、作品の中で主人公は擬人化されています。でも、もしかしたら擬人化というのは正しくないかもしれません。なぜなら、意識や感情というものは、どれくらい脳が発達すれば芽生えるのか、実際まだわかっていないからです。ですから、もしかしたらハチが本当に人間のように心を持ち、人間のように仲間と会話をしているかもしれません。だから、ハチが主人公だからと言って侮れない作品だなと、最後まで読んで思いました。
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<全国高等学校ビブリオバトル2017 静岡県大会の発表より>
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増田くんmini interview

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百田尚樹さんの『影法師』です。江戸時代、武士の身分制度の厳しかった茅島藩(架空)で、下士から筆頭国家老に登りつめた名倉彰蔵が、文武両道で将来を期待された竹馬の友・磯貝彦四朗の不遇の死を知り、自らの将来を振り返りつつ、彦四朗の死の真相を追う話です。彦四朗の生き様が本当に切ないです。このような友情には憧れますが、相手の無茶には気づいてやれるようになりたいと切に思いました。

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