高校ビブリオバトル2017
「ワガママ」に生きることの気持ちよさを知って
『イン・ザ・プール』奥田英朗
T.Rさん(静岡学園高校)

この本の中には、おかしな病に悩まされる変人ばかりが出てきます。身近な変人もいます。携帯依存症になってしまった男子高校生の話は、自分自身に当てはまるところが多くて、ビクビクしながら読んでしまいました。
舞台は神経科。変人たちの相手をする精神科医の伊良部は、目には目を、歯には歯を、そして変人にはさらなる変人を、というように、物語の中でも生粋の変人です。
伊良部のイメージを説明します。まず、中年の太っちょに白衣を着せてください。そして、そこにマザコン、注射フェチ、わがまま、この要素を入れてください。それが伊良部氏です。これだけでもキャラがパンクしているというのに、彼の治療は奇抜そのもの。体調不良を訴える患者にはプールを勧め、あげくにその患者をプール依存症にしてしまいます。それだけでは飽き足りません。伊良部自身もプール依存症となり、「夜のプールに一緒に忍び込まないか?」と、言い始めます。
その伊良部の面白さがわかるのが、夜のプールに忍び込むシーンです。窓から入ろうとすると、あろうことか伊良部はその窓に挟まってしまいます。一緒についてきた患者の和雄は、もう必死に引っ張り出そうとします。当たり前です。プールに入ろうとして捕まっちゃいました、なんて、末代までの恥になってしまいます。
なのに、当の伊良部、「ヒッヒッヒッヒッヒー」と、笑っています。いえ、そうではありません。よく聞くと、笑っているのではなく「ヒック、ヒック」と、泣いているのです。「先生、どうしたんですか?」と和雄が聞くと、伊良部は「お母さんに叱られる」と言うのです。まるで5歳児のようです。それでもプールには忍び込みたいらしく、「次は玄関からにしようね」なんて、的外れな反省を始めます。
こんな彼ですが、患者は皆、心を開き、だんだんと前向きな気持ちへと変わっていきます。私は疑問に思いました。どうして、ただわがままにしか見えない伊良部が患者の心を動かすことができるのか。そして、たどり着いた結論が「憧れ」でした。
ある患者は、自分の言いたいことを言えずに病にかかり、友達の目を気にし過ぎた高校生は、いつしか携帯が手放せなくなりました。患者は皆どこか窮屈そうで、無理をしているように見えます。そしてその姿は、恥ずかしながら、私自身です。言いたいことを言えず、周りの目ばかり気にする。それでいて、どうしようもないことだと割り切って、自分の気持ちは見ないふり。どうやら私も、この伊良部の姿に憧れていたようです。
怒りたいときに怒る。泣きたいときには泣く。わがままではなく、「我がまま」に生きる。そんな伊良部の姿は、私にとってとてもすがすがしいものに思われました。それは、患者も同じだったと思います。
この本は、皆さんをきっと単純に笑わせてくれます。もしかしたら皆さんの心を軽くしてくれるかもしれません。伊良部のようになるべきだ、なんてことを言うつもりはありません。ただ知ってほしいのです。自分の心のままに生きること、その気持ちよさを。
伊良部が皆さんにとって、ただ単純にばかなやぶ医者であり、かつ、心を軽くする名医であることを私は願っています。
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<全国高等学校ビブリオバトル2017 静岡県大会の発表より>
こちらもおススメ

『浜村渚の計算ノート』
青柳碧人(講談社文庫)
私がこの本に出会ったのは中学生のとき、友達に勧められたのがきっかけでした。物語の中では教育の現場から数学がなくなっており、当時数学が苦手だった私には嬉しい設定でした。そんな私がこの本に魅力を感じたのは、数学を愛してやまないテロリストたちと浜村渚のおかげです。彼らがあまりにも楽しそうに数学をするものだから、こっちまでその奥深さに触れることができました。筆者の言葉を引用すると“すべての数学が好きな人たちと、すべてのそうでない人たち”にこの本を読んでほしいです。
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『向日葵の咲かない夏』
道尾秀介(新潮文庫刊)
この本には騙されました。同級生の自殺と猫の変死体の発見という衝撃的なできごとから始まり、登場人物の歪んだ世界が交わる様から目が離せませんでした。読み終わった後、「きっとまた自分が壊れてしまう」という主人公の言葉の本当の意味がわかったときはぞっとし、主人公の名前を見たとき、思わず著者の心を覗きたいと思いました。
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『アヴェ・マリアのヴァイオリン』
香川宣子(角川文庫)
一丁のバイオリンが伝えてくれた物語がハッピーエンドなのか、私には判別ができませんでした。ほんの少しだけ前のドイツで起こった出来事は、多くの人の人生を取り返しのつかないものにしてしまったことを痛感しました。だからこそ歴史を学ぶことの大切さと、音楽の力を強く感じるのだと思いました。この本を読んでこの世界を良いものにしていけたら、それこそがハッピーエンドになるんだと思いました。
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T.Rさん mini interview

最近では道尾秀介さんが好きです。
少し前は有川浩さんの恋愛ものをたくさん読んでいました。

重松清さんの『きみの友達』です。小学生の時に友達ってなんだろうと考えた時期があったのでこの本から、様々な友達の姿を見せてもらった気がします。本であれほど泣いたのはこの本が初めてでした。

歴史の本が読みたいです。「チームバチスタの栄光」シリーズを一気に読みたいです。最近話題になったカズオ・イシグロさんの本も読んでみたいです。