高校ビブリオバトル2018
逃げる母子を青空のような心で迎える人々のあたたかさ
『青空と逃げる』
辻村深月(中央公論新社)
徳永勇人くん(関西創価高校2年)
この本の主人公は小学5年生の男の子・本条力(ちから)とその母・本条早苗のふたりです。父親は舞台俳優で、本条拳といいます。本条拳が夜中に有名女優と車に乗っていて、交通事故に遭ったことから、本条家の生活は日常を失っていきます。本条拳と有名女優が、夜中にプライベートな関係で車に乗っていたことがメディアで報道されると、追い詰められた有名女優は自殺してしまいます。女優が所属していた事務所・エルダープロは、本条拳にその責任を追及します。本条拳は事故で入院していたのですが、妻子には知らせずに退院した上、行方不明となってしまいます。このことから、エルダープロやメディアの追及は、すべて力と早苗のふたりに押し寄せることになります。結果としてそれに耐えられなくなったふたりが、遠いところに逃げるというのが、逃避行の始まりです。
とはいえ、逃げることになったきっかけは、このエルダープロやメディアによる追及ではありませんでした。もうひとつの衝撃的な事実がありました。それは、早苗が力のタンスの中から、血のついた包丁を見つけたことだったのです。いったい誰の血なんだ?誰が使ったんだ?考える中で、あるひとつの最悪の可能性が、早苗の頭をよぎりました。それは、力が子どもながらに父親を許せなくなり、刺してしまったのではないか、ということです。その可能性が怖く、でも力本人に確認するのも怖くて、とりあえずこの包丁から目を背けたいと思った早苗が、力を周囲から守るためにも遠いところへ連れ出したのが、その真相だったのです。
逃避行ということで、高知の四万十川や大分の温泉街など様々な土地が出てきます。力と早苗、母子ふたりで遠いところへ逃げるのがどれだけ大変か。早苗は力を守りながら、仕事も見つけなければいけません。力は力で、母親の手伝いをしたいけれども、子どもである自分は守られる対象でしかなくて、それが悔しかったり歯がゆかったりします。
こんなふたりの葛藤が描かれる小説に、なぜ「青空」なんていうあたたかな言葉が用いられるのか。それは、逃げた先で出会う、まさに青空のような心を持った人たちとのあたたかな出会いが描かれているからだと思います。力と早苗がこの青空のような心の人たちに励まされ、成長していく様子が物語の中心になっています。
例えば早苗が高熱を出して倒れるシーンでは、力が勇気を絞って、全く知らない土地の全く知らない人に助けを求め叫ぶシーンがあります。こんなふうに先行きの見えないふたりが逃げた先にも、きっと青空が待っていると考えると、これから自分たちに何かしんどいことがあったときも、青空が待ってくれているはずだから大丈夫じゃないかと思えてきます。
このように、人と出会うあたたかな場面と、追っ手から逃げるスリリングな場面が交互に訪れるので、自分たちの感情も上がったり下がったり、止まらなくなって読む手が加速していくのがこの物語の魅力です。

もうひとつの大きな魅力は、綺麗な伏線回収による驚きと感動です。なぜ父親の拳は何も告げず行方不明になってしまったのか。血のついた包丁は誰が誰に使ったもので、なぜ力のタンスにあったのか。不可解な点がいっぱいありました。これらの伏線が、最後に全て回収されたとき「ああ、こういうことだったんだ!だから『青空と逃げる』という題名だったんだ!」と思えて、感動で涙が止まらなくなります。この本が支えになって、今の僕があると言っても過言ではありません。
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<全国高等学校ビブリオバトル2018全国大会の発表より>
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徳永くんmini interview

辻村深月さんです。

『かがみの孤城』です。不登校の中学生を書いた本で、嫌いだった毎日を少しだけ前向きに歩めるようになりました。

辻村深月さんの新作を楽しみに待っています!!