高校ビブリオバトル2018

そばにいるだけでいい。「モノ」にとりついて、大切な人をあたたかく見守る日々

『とりつくしま』

東直子(ちくま文庫)

狭間美華さん(大分県立芸術緑丘高校3年)

『とりつくしま』は、10個の短編が入った小説です。全て、人が亡くなるところから話が始まります。そして、亡くなった方が成仏する前に、「とりつくしま係」というものが目の前に現れるのです。

とりつくしま係は、「この世になにか心残りはありませんか?もしあるなら、モノにとりついて帰ってくることができますよ」と、亡くなった人に問いかけます。モノというのは例えばここにある椅子や演台など、そういった物体です。人間や植物など、先に魂があるものにはとりつけません。そんなふうにしてモノにとりついた10人が、現世に帰ってくるそれぞれの物語です。

 


とりつくモノは十人十色。例えば、野球少年の息子を遺したまま、病気で先立ったお母さんは、ピッチャーである息子が投球するときに使う、滑り止めのロージンバッグにとりついて帰ってきます。また、奥さんと小さい子どもを遺して亡くなってしまった男性もいます。奥さんはいつも日記を書いていたので、彼は日記にとりついて戻ってきました。

 

この本の面白い点の一つは、それぞれ主人公の一人称視点で語られていることです。ですから、例えばものすごい高齢のおじいちゃんだったら一人称はワシで、語尾は「〜じゃ」という感じです。また、6歳という幼い頃に亡くなってしまった主人公は、文章のほとんどがひらがなで書かれていて、本当に6歳の子が喋っているように感じます。そして20代の若い女性が不慮の事故で亡くなってしまった章では、「なんで!どうして!」とストレートな感情が表現されています。それぞれの感情が、ひしひしと伝わってくるのです。

 

次に、今まで読んだ本では見たことがなくて面白いなと思ったのは、それらがモノの視点から語られていることです。自分ではどうすることもできない、世界を眺めているだけなんですが、それでもすごく色々なことを感じられます。

 

例えば、大好きな書道家の先生が持つ扇子にとりついた女性がいます。その始まりは「光が当たりました。箪笥が開かれたのです」というものです。つまり、夏以外の使われていない季節は、扇子が大事にしまわれていて、「暑くなってきたな。扇子使いたいな」と思ったころに扉が開かれ、扇子が取り出されるというシーンから始まるわけです。

 

それぞれモノの視点と、十人十色の一人称で語られる世界。そして何よりの醍醐味が、主人公はモノにとりつくので、決してとりついた先の相手に話しかけることも助けることもできないというところです。それでも、そばにいる、となりにいる、近くにいるだけで感じる人のあたたかさに、私は強く惹かれました。

 

「人が死ぬ」という悲しいところから始まるので、悲しいお話だと思われるかもしれません。でも、そんなことは決してなくて、次への希望だったり明るさだったりといった、人のあたたかさを読んでいる文字からじわーっと感じ、心にすとんと落ちてくる本です。そして気がついたら、人の優しさに触れて涙が出る……そんな本なのです。作者の東直子さんは普段エッセイを書かれているので、短い言葉の中のひとつひとつに重みやあたたかさを感じます。

 

ぜひみなさんも、もしとりつくなら何がいいか、考えてみてください。

 

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<全国高等学校ビブリオバトル2018全国大会の発表より>

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ミステリーを読みたいです。普段は感動ものや、恋愛ものを読むことが多いのですが、今回のビブリオバトルで多くのミステリー作品を知ることができたので、たくさん挑戦してみようと思っています。