高校ビブリオバトル2018
写真が導く、激動の20世紀を巡る歴史ミステリー
『舞踏会へ向かう三人の農夫』
リチャード・パワーズ、柴田元幸:訳(河出文庫)
稲田真人くん(香川県立丸亀高校2年)
1914年。ドイツの田舎道を3人の男が歩いていました。ひとりは生真面目、ひとりは皮肉屋、残るひとりはぶっきらぼうな顔をしています。その写真がこの本の表紙を飾る一枚の写真です。アメリカを代表する現代作家リチャード・パワーズが書いたこの小説は、全てこの光景から始まります。
作者はこの写真に、彼らの視線に心を奪われました。そして、詳しい素性がわからない彼らに物語上の役割を与えることで、男たちは写真を撮るレンズの中に何を見たのか、彼らが向かった舞踏会とはなんだったのかという問いに答え、写真に隠された歴史を、紐解いていくストーリーにこの本を仕立て上げています。
この本の魅力を2点紹介します。第一に、20世紀を駆け巡る壮大な歴史ミステリー小説であるということです。この本は、時代や国を超えた3つの視点で物語が進みます。現代のアメリカで、この写真に興味を持った「私」が、作者の代わりに近代の歴史を語る物語。この写真に写る3人の農夫たちが第一次世界大戦を生き、歴史の礎となる物語。そして同じく現代のアメリカに生きる雑誌編集者の物語です。さらに戦争論や自動車王の伝記など、多彩な角度から写真にスポットライトを当てます。これらの物語は一見、なんの接点もないように思われます。ですが、これらは物語が進むにつれて次第に近づき、激動の20世紀を映し出すのです。
この本は一枚の写真という、二次元的情報から始まりました。しかし、様々な視点を通すことで、読者は多角的に、四次元的に20世紀を実感することができます。そして物語を読み進めているうちにパズルのピースが噛み合い、「そういうことだったのか!」と膝を打つことになります。
第二の魅力は、移り変わる写真です。作者は自身の深い考察を語ります。「カメラや自動車に代表される近代の発明品は、地点Aと地点Bの距離をほぼゼロにしてしまった。車に乗る人たちは、いかに楽をして地点Bという目的地につくかということを、より考えるようになり、過程よりも結果の重要さが高まった」と。作者はこの現状に対して、過程も結果と同様に尊重するよう訴えます。その証拠に、この本は写真が持つ様々な一面を読者に示します。それを受けた読者はふと気になって何度も表紙の写真を見返すことになるでしょう。そしてその度に、表紙の写真が少しずつ変化していくことに気づくはずです。これは、数々の視点から歴史を見つめるうちに、自身の写真に対する認識がつい変わってしまうことで起こります。
この本はあえて結論を急がず、読者に多様な価値観と濃密な読書体験という過程を与えてくれます。題名にある「舞踏会」で踊るのは、3人の男だけでなく、読み進めるたびに異なった写真の見方をしてしまう読者自身でもあるのかもしれません。

表紙の写真と作者の出会いをきっかけに始まったこの小説。読者はストーリーに向かうのと同じように写真に向き合い、20世紀に向き合い、作者の考察を受け止めることができます。歴史小説を読んでいるようで、実は深い思考も重ねるミステリー。そして物語が繋がり、全てが明らかになった時の爽快感。宝石箱のようにいろんな魅力にあふれるこの本は、きっとみなさんの心に残る一冊となるでしょう。
作者のパワーズがこの本に込めた本当の思いに触れた時、私たちは21世紀という新たな今を生きる希望をつかめるのかもしれません。
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<全国高等学校ビブリオバトル2018全国大会の発表より>
こちらもおススメ
『十字路が見える』
北方謙三(新潮文庫)
ハードボイルドや、日本・中国歴史小説で著名な北方謙三氏、年季の入った出で立ちの彼が、実体験をもとに書き記したエッセーです。まだ高校生の私に、話の全てが呑み込めるわけではありませんが、北方ワールドの男をどこか彷彿させる文章に痺れました。
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『陰陽師』
夢枕獏(文春文庫)
伝奇ヴァイオレンスや、本格格闘小説で有名な作者の代表作とも言える一冊です。平安時代の京を舞台に、陰陽師・安部晴明と貴族・源博雅が、霊や鬼などが起こす怪奇な事件を解決していく姿に惹きつけられました。
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『卜伝最後の旅』
池波正太郎(角川文庫)
『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』などの、時代小説で知られる作者が書いた短編集です。その中の一つ「卜伝最後の旅」では戦国乱世の中で生きた兵(つわもの)、塚原卜伝が魅力的で、求道者の神髄を垣間見た気持ちになりました。
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稲田くんmini interview

歴史小説や海外小説、伝記小説が主に好きです。好きな国内作家は北方謙三、夢枕獏、池波正太郎で、海外作家はアレクサンドル=デュマです。

ゲーテの『ファウスト』が好きでした。「とまれ、お前はいかにも美しい」という台詞で有名な本書ですが、自身のエゴイズムを昇華させたファウストのこの言葉は私にとって正しく「美しい」ものに思えました。

辻秀一の『スラムダンク勝利学』に影響を受けました。スポーツ漫画の金字塔『SLAM DUNK』から人生を生きるヒントを見つけてくれる本です。「『自分のために』と考えて他人に尽くす」という言葉は今でも本書のおかげで心に刻み付けられています。

奈須きのこ作『空の境界』です。元々は講談社で発売されていましたが、誕生から20年を記念して星海社から新しく発売されました。モノの死が見える少女と彼女に寄り添う少年、そして自らの理想のために彼女を狙う魔術師を中心とした小説です。怨念とも言える求道の精神と、切なくも温かい愛情が印象的です。

『小説すばる』で北方謙三作『チンギス紀』が連載されているので、続きがはやく読みたいです。海外小説では、パトリシア・ハイスミス作『太陽がいっぱい』が、国内小説では『スクール☆ウォーズ 泣き虫先生の7年戦争』という題で、1984年にテレビドラマ化された不良少年によるラグビー熱血小説、馬場信浩作『スクール・ウォーズ 落ちこぼれ軍団の奇跡』が気になっています。