高校ビブリオバトル2018
穴って何?…哲学、数学、経済学、言語学などから真面目に考察
『失われたドーナツの穴を求めて』
垣亮介、奥田太郎(さいはて社)
林 仁くん(昭和鉄道高校[東京]2年)
紹介するのは、誰よりも周りに頼っている、周囲に依存している、そんな存在、いやそんな概念が主人公の話です。この本では穴、とりわけドーナツの穴に関して様々な学問の観点から、その歴史や存在意義、穴の価値などについて全8章にわたってまとめています。
頭の中に穴を思い浮かべてみてください。例えば、ドーナツをイメージすることによって、その真ん中にあいている穴を認識した方もいるでしょう。例えば地面をイメージすることによって、そこに掘られた穴を認識したという方もいるでしょう。これが穴の依存性です。つまり穴というのは、周囲になにか別のものがなければ存在し得ないのです。
この穴の依存性については、第8章「ドーナツに穴は存在するのか」に詳しく書かれています。この章ではドーナツを穴だけ残して食べることはできるのかという問いを明らかにするため、ドーナツの穴を定義しながら議論を展開していきます。
そして最終的には、ドーナツの穴というのはそもそもドーナツ本体に依存しているものだから、ドーナツを食べてしまえば穴もなくなってしまう。よって穴だけ残すことはできないという結論にいたります。
しかし、ここで興味深いのはこの結論ではなく、この問を議論する上で前提となる穴とドーナツ本体における関係性の考察です。まず、はじめに「穴とは実態のあるなにかに対応する実態のない部分である」と解釈している否定的部分説。また「静寂が音の欠如であり影が光の欠如であるように、穴も実態の欠如である」とする説も提唱されます。しかし、この二つの説はどちらとも、本来的な実態がどういうものであるかを客観的に確定できないという理由から、穴と本体との関係を示す説としては否定されてしまいます。
そこで登場するのが依存的形状態説です。この説によれば、穴というのはそれ自体に素材がないものの、それが常に同一であることを実態本体の表面によって保証された質量のない持続態と定義されています。こうに定義することによって穴と本体の関係について哲学的に説明できるというわけなんです。
このように一見単純な問題をあえて深掘りしていくこの感覚こそ、知的好奇心の刺激の真骨頂ではないでしょうか。
続いてお話しするのは、穴はいかにしてその存在を認められるかということについてです。
この疑問に対しては第6章「ドーナツの穴は数学的に定義できるのか」にて詳しく語られています。この章では、とある図形Aに対して、Aに穴があるならばAはPを満たすという、「数学的性質P」を発見しようと試みます。議論は最終的には三次元空間において、立体の同相を示すなどして穴を数学的に定義しようとする、非常に革命的な研究です。
また第7章の言語学の研究においては、ふだん何気なくしている言葉の使い分けから、穴の定義に迫っています。五円玉には穴があいていると言いますが、フラフープや指輪を見て「あぁ穴があいているな」と思う方はあまりいないと思います。どうやら私たちはふだん、それが穴なのか、はたまた穴ではないのか、自然に呼び分けをしているらしいのです。この章では最終的に、穴とは外力を用いて後からあけられた空間と定義されています。

最後にこの本ならではの楽しみ方を紹介します。それはそれぞれの章に登場する穴の形をイメージしながら読むということです。例えば第3章に出てくる経済学に関する考察でドーナツにあけられた穴と、第6章に出てくる数学的な考察でドーナツにあけられた穴では、おそらく受ける印象がまったく違うと思います。また、本書だけでは満足できないという方のために、穴に関して記述された他の文献の一覧も載っています。
きっとこの本が、穴の世界に一歩踏み入れる入り口となってくれるでしょう。穴の世界はずっと深くてずっと広いのです。
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<全国高等学校ビブリオバトル2018全国大会の発表より>
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殺人が発生しないというミステリーは、初めて知ったので、とても興味深いと思いました。読者の想像を超えるレベルの高さで事件を防いでいく主人公の妙技を感じてみたいと思いました。
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林くんmini interview

好きなジャンルは小説、特に推理小説です。
東川篤哉さんやアガサ・クリスティーの作品をよく読んでいます。

はやみねかおるさんの夢水清志郎シリーズを読んでいたことを覚えています。小学校の図書室に新作が入った時は、誰よりも早く借りていました。