高校ビブリオバトル2018
完璧な人生と失敗だらけの人生、二つの人生を経験したら
『スターティング・オーヴァー』
三秋縋(メディアワークス文庫)
積風我さん(鹿児島県立大島高校2年)
この物語の主人公は何もかもが完璧でした。どのくらい完璧だったかというと、起きていればなにかいいことがあるから1日5時間、6時間寝るのが苦しくて仕方ない。そのくらい完璧だったんです。
しかし、あるとき彼が目を覚ますと、そこは10年前の世界。なぜか10年間、時を巻き戻されてしまったんです。普通の人だったら二度目の人生をもっといい人生にしたいなと思いますよね。でも彼は一度目の人生を愛していました。再びいい人生を送るために、彼は一度目の人生を完璧に再現しようとしたのです。
ところが、中学3年生の春、彼は失敗するはずのない告白に失敗します。一度目の人生で最高の恋人だったツグミという女性に振られてしまったんです。これが彼にとって初めての失敗でした。この失敗がきっかけで、一度目の人生で親友だった男からひどいいじめを受けるようになり、家族もバラバラになってしまう。明るく爽やかだった好青年は、暗く陰気な青年に変わってしまうんです。
そんな彼も18歳になり、大学でツグミに再会します。彼はツグミに声をかけようとしますが、ツグミの隣に男性がいるのを見て愕然とします。ツグミの隣には自分がいたのです。自分といっても今の自分ではなく一度目の人生の何もかもが完璧な自分。そんな自分がツグミの隣に恋人として立っていました。
僕がこの本で本当におすすめしたいポイントは二つあります。
まず一つ目、主人公の心の葛藤です。もう一人の自分がいるから主人公はツグミの恋人になれない。だったら、もう一人の自分を殺してしまおう…彼はそう考えたんです。もう一人の自分を殺すという目標を持ってから、その目標に向かって主人公は努力をします。その努力のおかげで、引きこもりがちだった彼は人間らしい生き生きとした生活を取り戻していきます。
ですが、もう一人の自分が、そんな希望をぶち壊し絶望のどん底へと突き落とします。主人公はもう何の希望も持てません。その主人公にとってもう一人の自分は理想の自分です。そんな理想の自分に近づきたくて勝ちたくて、でも近づけない。近づけないから主人公は悩んだり苦しんだりしているんです。
この主人公の気持ちを知ったとき、僕も同じだと思いました。テストで良い点がとりたい、速く走れるようになりたい、話すのがもっとうまくなりたい。そんな理想の自分がいて、理想の自分に近づきたくて勝ちたくて、でもまったく近づくことができないから、主人公と同じような気持ちを持つこともあります。そんな自分に対して泣いたり怒ったりしたくなるときもあって、こんな気持ちを持つことは自分だけじゃないんだと、とても共感することができたんです。
そして、この物語の主人公は一度目の人生で幸せを知ってしまっています。でも二度目の人生では、そこに幸せがあるとわかっていながら、その幸せをつかむことができないのです。読んでいて本当につらかったです。
でも、この本のおすすめポイント二つ目は希望です。物語の途中で主人公はあることに気づきます。その気づきが物語のラストの希望へとつながります。この本の表紙には、暗くて暗くて大きな闇の中にうっすら光る希望があります。とっても美しいものです。人の痛みに寄り添ってくれて、隣に座って聞いてくれるような、とても優しい希望です。

さて、この物語のタイトル『スターティング・オーヴァー』には三つの意味があります。まず「再出発する」と「スタートをやり直す」。この二つの意味は辞書に載っています。さらにこの本にはジョン・レノンの曲『スターティング・オーヴァー』と強く結びつくある意味が込められているんです。あの名曲とともにぜひこの本を楽しんでみてください。
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<全国高等学校ビブリオバトル2018全国大会の発表より>
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積くんmini interview

小説を主に読んでいますが、どのジャンルの本も好きです。好きな作家は住野よる、三秋縋。

『小惑星探査機「はやぶさ」宇宙の旅』は、宇宙に深く興味を持つきっかけとなった本。ハードカバーの硬い表紙の本に憧れがあり、たまたま書店で見つけ購入しました。宇宙を進むはやぶさに深く感動しました。

住野よる『か「」く「」し「」ご「」と「』
「京くん」に勇気をもらいました。この本でビブリオバトルに出場、目指す進路も変わりました。

自分の好きな小説はこれからも読み続けたいです。さらにたくさんの世界を知るため、いろいろな人のおすすめの本を少しずつ読みたいと思います。