高校ビブリオバトル2018
完全無欠の美少女を殺して、自分の望む自分になろう!
『メアリー・スーを殺して』
乙一、中田永一、山白朝子、越前魔太、安達寛高(朝日文庫)
北山菜吟さん(愛媛県立松山東高校2年)
卵型の綺麗な輪郭に、黒目がちの大きな目。長く濃いまつげに透き通るような白い肌の女性。そんな彼女のボーイフレンドは、歩く彫刻にして今をときめく国宝級イケメン俳優の吉沢亮。彼女の正体は?
それは、私の頭の中に住んでいる理想の私です。今実況した通り、私の趣味は妄想です。そんな私が今日ご紹介するのは、中田永一の『メアリー・スーを殺して』です。
このお話の主人公の女の子の趣味も、私と同じく妄想です。彼女はアニメやコミック、ゲームなどいわゆる「二次元」が大好きな中学生。食べることも大好きな彼女は、大福饅頭のような体つきをしています。自分に自信が持てず、性格は引っ込み思案。そんな彼女の心の支えこそが、好きな作品の二次創作小説を書くことでした。
二次創作とは、原作となる作品のストーリーや世界観、キャラクターを元に、自分の思い通りの作品を創作することです。彼女は自分の二次創作小説に、原作には出てこない「ルカ」という名前のオリジナルキャラクターを登場させていました。彼女はルカに感情移入しながら、小説を書き続けます。
高校生になった彼女は、勇気を持って「アニメ・ゲーム・コミック研究部」に入部し、部が発行している小冊子『月刊千の扉』に、「如月ルカ」というペンネームで小説を載せるようになりました。
しかしある日、彼女は部長にこう言われてしまうのです。
「文章はいいと思うんだけど、君の小説、メアリー・スーが出てくるよね。そいつをどうにかしてくれないと、正直気持ち悪いんだよな」。
彼女の小説には、メアリー・スーという人物は登場しません。一体、メアリー・スーとは何者なのでしょうか。
彼女はオリジナルキャラクターの「ルカ」に、自分自身を投影していました。ルカは艶やかな黒い髪に透き通るような肌の、非の打ち所のない美少女です。そして、無条件に誰からも愛される、明るい性格。「本当はこういう人になりたい」という彼女の思いがルカを作り出していたのです。実はこのルカこそが、メアリー・スーの正体でした。つまり、メアリー・スーとは、書き手が自己を投影し、理想化されたキャラクターのこと。私の頭の中に住んでいる理想の私も、言ってしまえばメアリー・スーなのです。
自分が書いた小説を「気持ちが悪い」と言われてしまっても、彼女はめげませんでした。嫌だ、小説をうまくなりたい。そう思った彼女は、メアリー・スーを「殺す」ことを決意するのです。
まず彼女は、メアリー・スーを作り出してしまった原因は、自分に自信がないことだと考えて、ランニングを始めます。また、小説の描写にリアリティを出すため、実際に料理教室にまで通い始めます。料理の腕は、両親にフルコース料理を振る舞えるまでに上達し、彼女の新たな趣味となります。
メアリー・スーを殺していく、たくさんの努力の過程で、彼女の外見にも内面にも様々な変化が起こります。自分の短所を受け入れ、どうすれば変われるのかを考え、行動に移す。自分の境遇を決して人のせいにせず、前を向き続ける彼女のキャラクターこそが、このお話の一番の魅力だと思います。
彼女はメアリー・スーを殺しながら、知らず知らずのうちに、理想の自分へと近づいていきました。そして、”殺す”という物騒な言葉で表現されてはいますが、メアリー・スーを殺すとは、妄想を現実世界に溶かし込むこと、理想の自分を実現していくことだと気づきました。

私は普段妄想を楽しみながらも、頭の中では、妄想は妄想でしかないという虚しさを感じていました。でも、この本を読んで考え方が変わりました。妄想、つまりメアリー・スーは自分自身の未来の姿だと考えるようになったのです。自分の望む自分になるために、メアリー・スーは必要な存在なのだと気づきました。
誰の頭の中にでも、メアリー・スーは存在するはずです。あなたのメアリー・スーを現実世界に引っ張り出すための記念すべき第一歩として、ぜひこの本を手に取ってみて下さい。
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<全国高等学校ビブリオバトル2018全国大会の発表より>
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『重力ピエロ』
伊坂幸太郎(新潮文庫)
連続放火事件、24年前の連続レイプ事件、弟の狂的な行動……。全てがつながる時、血の繋がりを超えた家族の絆に胸が熱くなります。映画版もお勧めです。
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