高校ビブリオバトル2018

最後まで読んだ人は誰もいない。不思議な物語はどこへ向かう

『熱帯』

森見登美彦(文芸春秋)

木村勇大郎くん(熊本県立玉名高校2年)

僕は今、一冊の本を探しています。それは佐山尚一という人物が書いた「熱帯」という本です。ところがこの本、どこをどう探しても見つけることができません。先日Amazonで検索してみましたが、「在庫なし・再入荷予定なし」と表示されるだけで、購入することはできませんでした。

 

そもそもどうして僕がこの本を探し始めたのかと言うと、森見登美彦さんの『熱帯』という小説に出てくるからです。これは一冊の本の謎をめぐる冒険物語です。

 


この物語は佐山尚一の「熱帯」という本を軸に展開していきますが、実はこの「熱帯」、最後まで読むことができない不思議な本なのです。

 

例えば、今日はここまで読んで続きは明日にとっておくとします。すると翌日、本が姿を消しているのです。昨日確かに片付けたはずの場所に本がない、そして書店や図書館、インターネットなど様々な場所を探しても、もう見つけることができないのです。ですから、この物語の結末は誰も知りません。

 

この「熱帯」の結末を探る組織が東京にありました。その組織の構成員はたったの4人ですが、彼らはそれぞれの記憶の片隅にある「熱帯」の断片を持ち寄って議論を繰り返すことで、できるだけ鮮明に小説の内容を蘇らせようとしていたのです。

 

議論を繰り返していくうちに、「熱帯」の謎は京都に隠されていると判明し、舞台は東京から京都へと移ります。ここから物語が本格的に動き始めます。

 

この作品には、主人公らしい人物が登場しません。しかし、ある男の語りから始まり、その語りの中から出てくる登場人物がまた新たに別の物語を語るという、いわば物語のマトリョーシカのような構成になっています。

 

この複雑な構成も作品の魅力の一つではあるのですが、一番の魅力は、何といってもこの「熱帯」という物語の中にたくさん登場する謎にあると思います。

 

先ほど紹介した組織のメンバーの一人の池内さんが、京都で「熱帯」の謎を追って調査をしている時の出来事です。池内さんは、これまで京都のたくさんの場所を調査して回ってきたのですが、途中立ち寄った古道具屋さんで、様々な情報が書かれたカードが入っている古いカードボックスを見つけます。何気なく眺めていたそのカードには、何と池内さんの京都での行動の全てが記されていたのです。

 

池内さんの行動を他の誰かが知っているはずがなく、ましてやこのカードは、池内さんさんが京都を訪れるずっと前からありました。さらにすごいことに、このカードには池内さんがこれから京都でしようと思っていた内容まで記されていたのです。

 

カードが示す内容の先に待ち受けているものは一体何なのか。ここからさらに読み進めていくと、佐山尚一の「熱帯」にも、これとほとんど同じ場面があることがわかります。いつの間にか自分たちがその物語の中に取り込まれてしまった、これは一体どういうことなのか。

 

今お話ししてきた謎の内容、これは物語の中に登場する謎のほんの一部分でしかありません。本編にはもっとたくさんの謎がみなさんを待ち受けています。

 

謎の本をめぐる冒険の物語。東京の片隅から始まったこの追跡劇は、京都の地を駆け抜け中国・満州の夜をめぐり、あまたの語り手の魂を乗り継いで、謎の原点へ向かいます。たった一冊の本の謎が、東京にいた人間を京都に旅立たせ、僕にAmazonで検索までさせたのです。

 

佐山尚一の「熱帯」とは一体何なのか、そしてその結末やいかに、これらの謎は全てこの本を読むことで解決します。ハラハラワクワク急転直下の物語の展開をお楽しみください。

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<全国高等学校ビブリオバトル2018全国大会の発表より>

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今まで読んだことがないので、ミステリー作品を読んでみたいです。