高校ビブリオバトル2018
トラウマになっても読み直したくなる「スルメ本」
『変身』
フランツ・カフカ 中井正文:訳(角川文庫)
安岡拓人くん(高知県立中村高校2年)
私がこの本には初めて出会ったのは、小学5年生の時でした。図書室の片隅で、他の本に隠れるように並んでいたこの本を見つけた私は、ワクワクしながら手に取りました。
「変身」という言葉には夢が詰まっています。その時の私は、当時大好きだった漫画の主人公が、ヒーローに変身して悪党どもを打ち倒している姿を思い浮かべながら、本を読み始めました。
『ある朝、グレゴール・ザムザが、何か気がかりな夢から目を冷ますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変わっているのを発見した。』
…ドン引きでした(笑)。
ヒーローもののハートフルストーリーなんかではなく、主人公が気色の悪い虫に変身してしまう、とんだバイオレンスストーリーだったのです。トラウマレベルの衝撃を受けた私は、なんとか読み切った後すぐに返却して、『かいけつゾロリ』を借りたことを思い出します(笑)。ですが、怖いもの見たさからなのか、もう一度読んでみたいような、でも実際読むのは怖いような、そんな葛藤が続きました。
結局、この本をもう一度手に取ることになったのは、それから3年も経った頃でした。それほどに、この本との出会いはインパクトのあるものでした。
この物語は、主人公であるザムザが、ある朝巨大な虫に変身していることから始まります。彼は両親2人と、妹1人との4人で生活をしていて、彼の収入が家族を支えていました。
そんな彼が虫に変身してしまったことによって起こる、彼の周りの人間関係の変化や、彼自身の感情の移り変わりが、非現実的ながらどこかリアリティのある文章で描かれています。この本を紹介したいのは、この本の楽しみ方が、他にはないものだったからです。
他の本であれば、重要なポイントは、どんどん盛り上がっていく熱い展開であったり、大どんでん返しの結末だったりするかもしれませんが、この本を読む上で注目してもらいたいのは、1ページ目から物語の終わりである112ページにまで存在し続けている、一種の違和感です。
例えば、ある朝主人公のザムザが虫に変身していることを、彼の家族は割とすんなり受け入れます。なぜ虫になったのか、原因はいったい何なのかには、さして疑問を持ちません。考えてみてください。みなさんの家族の一人が、ある朝虫に変身していたら、目の前の虫が、家族や、まして人間だとは思わないでしょう。さらにはザムザ自身もまた、ある朝起きるといきなり虫に変身していて、家族から訳も分からぬまま酷い扱いを受けている。それなのに、どこか他人事のように、冷静なままでいます。私だったら、それに気づいた瞬間、歯をガタガタ鳴らして、泡を吹いて倒れると思います。まずこれらの違和感。
さらには作者であるフランツ・カフカの描くワンダーランドです。彼が描くこの世界に、私たちは主人公のザムザ目線で入っていったはずが、気がつくとどこか遠くから俯瞰的に見ている自分がいるのです。主観的でありながら客観的で、いびつで不安定でありながら美しくまとまった世界。これらの違和感から、私たちはこの世界にどっぷりとはまっていきます。

この本が出版される際、カフカは「この本は全くもって未完成である」と言いました。つまりこの本は、彼の作り上げた土台に、私たちが思い思いの解釈や色をつけることによって、その名の通り変身し、初めて完成するのです。何度も読んでいくうちに新しい視点を見つけることができ、同じ文章でも読む人によって違うように見えます。いわば、この本はスルメ本です。噛めば噛むほど味が出るスルメのように、読めば読むほど、面白さがどんどん深みを増していきます。
まだ読んだことがない人に一度読んでもらいたいのはもちろん、読んだことのある方も、もう一度読んでみてください。きっとまだ、この本を味わい尽くせてはいないと思います。
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<全国高等学校ビブリオバトル2018全国大会の発表より>
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特に好きなジャンルというのはありません。読んでみた本が面白かったら、そのジャンルの本を読み深めていくという感じです。好きな作家もそれと同じ理由で、特にはいません。

ビブリオバトル決勝大会で、多くの方がサスペンス物を紹介していたので、それに影響を受けて、私もサスペンス物に手を出したいなと思っています。特に今読んでみたいのは『どちらかが彼女を殺した』です。