高校ビブリオバトル2018
生きるって、モノの価値って何だろう
『世界から猫が消えたなら』
川村元気(マガジンハウス)
渡辺未夢さん(九州産業大学付属九州高校[福岡]1年)
「あなたは明日死にます」と言われたどうしますか。「ただし、この世界から何か一つモノを消したら、代わりに1日だけ命を得られる」。そんなことを言われたら困りますよね。始まってわずか数ページでそんな窮地に立たされる「僕」が主人公のお話が、「世界から猫が消えたなら」です。
主人公の「僕」は30歳の郵便配達員。ちょっと映画オタクで、キャベツという名前のという猫と二人暮しをしています。彼はある日突然脳腫瘍のステージ4で余命があとわずかであることを宣告されるのです。
そんな「僕」の前に、自分と全く同じ姿をしているのに、性格は正反対の悪魔が現れます。悪魔は、「僕」が明日死んでしまうということ、そしてこの世界から何か一つ消す代わりに、1日だけ命が得られるという契約を持ちかけます。「僕」は困惑して悩みに悩みますが、火・水・木曜日と、自分の命を引き換えに電話と映画と時計を消してしまうんです。
そして迎えた金曜日、悪魔が指定したものが猫でした。一緒に暮らしてきて、猫との思い出もたくさんあります。でも、もし消さなかったら、この世界から自分が消えてしまう。そして「僕」はある決断を下します。ここで物語はクライマックスを迎えます。
この本は、人生における大切なこと、つまり「生きる」って何だろう。「モノの価値」って何だろうということを教えてくれると思います。それが現れていると思う部分を読んでみます。「僕」の母は他界していますが、その母が生前「僕」へ宛てた手紙を読んだ時の、彼の心情描写です。
「寝相が悪かった僕にいつも布団をかけてくれた母さん。甘くて美味しかった卵焼き。母さん自分の趣味はあったのかな、自分の時間はあったのかな。何で母さんがやがてこの世界から消えることを、あの時の僕は想像できなかったんだろう。母さん、死にたくないよ。死ぬのは怖い。でも母さんの言う通りだ。何かを奪って生きていくのは、もっと辛いよ」。
自身が死に直面し、そして苦しみながら出てきたこの言葉には、本当に心を動かされました。私は、この本を一人で誰もいないリビングで読んでいたのですが、このシーンを読んだ時は、いつも迷惑ばかりかけてしまっている父や母、喧嘩もしてしまう弟や祖父母、友達や先生方、私にとって大切な人が次々と頭の中に浮かんできて、本当に温かい気持ちになりました。
この本を題材に学校で読書会があったのですが、その時参加していた先輩がこんなことを言っていました。
「僕は猫を飼っています。結構おばあちゃんの猫なんだけど、自分が机で勉強していると、いつもぴょんって跳んできてくれる。でもある日突然跳べなくなった。体が弱ってしまって、いつもできていたのに、もうできなくなっちゃった」。
その先輩は、その時その猫の死を意識しました。あと何日一緒に過ごせるのだろう。その時この『世界から猫が消えたなら』は、先輩にそっと寄り添ってくれたのではないでしょうか
この本は、何度読んでも面白いです。1回目はこの本の全てに圧倒されました。2回目は伏線を探しながら、3回目はこの発言にはどういう意図があるんだろう、そういうふうにして回数を重ねて読みました。

この本の中には、皆さんが今まで感じたこと、苦しかったこととリンクする場面が必ずあると思います。そして、最後に「そう来るか、すごいなぁ」と思わせるラストがきます。そのラストを読んでこのタイトルと1ページ目の文の意味に気付いた時、もう一度あなたを感動が待っていると思います。
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<全国高等学校ビブリオバトル2018全国大会の発表より>
こちらもおススメ
『楽園のカンヴァス』
原田マハ(新潮文庫)
アートを題材にしていたので、わからないかもと思っていましたが、作品の世界に入りこむことができました。伏線回収も素晴らしく、わくわくしました。
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渡辺さんmini interview

重松清さん、朝井リョウさん。切ないもの、感動するものや心理描写の鋭い本が好きです。

赤川次郎ミステリーシリーズ、(今はあまり読まないですが)ファンタジー系も好きでした。1年間に300冊以上読んでいたこともありました。

『日本語はなぜ美しいのか』という本です。「言語」そのものについてあらためて考えさせられ、興味を持ちました。言語とは?文化の中の言語とは?そういうことを考え、それに関する留学プログラムに応募し、文系選択もしました。

森絵都さんの『風に舞い上がるビニールシート』です。とあるシーンが、私の中の「2018年ベストオブ切ない」でした。

まずはビブリオバトルで紹介された本をすべて読みたいです。あとは評論文です。あまり読んでこなかった工学系、化学系のものにも挑戦してみたいと思っています。