高校ビブリオバトル2019
聴こえることの苦しみと向き合う主人公から目が離せない
『デフ・ヴォイス』
丸山雅樹(文春文庫)
印南 舞さん(埼玉県立春日部女子高校1年)
今回私が紹介するのは丸山正樹さんの『デフ・ヴォイス』です。実は、埼玉県大会での優勝をきっかけに、作者である丸山さんに直接お会いすることがかない、たくさんのお話をお聞きしてきました。そして、何と今日もこの会場に来てくださっているので、ご本人の前で紹介するというのは緊張するのですが、頑張りたいと思います。
あらためてこの『デフ・ヴォイス』という題名にある「デフ」。この言葉の意味を皆さん知っていますか。デフというのは「聴こえない人」という意味です。耳の聴こえない人のことを、皆さんは何と呼びますか。「聴覚障がい者」、「耳の不自由な人」…。「ろう者」という言葉はご存じですか。耳の聞こえない人のことを、ろう者が自分自身に誇りを持って呼ぶ呼び方です。そして反対に耳の聴こえる人のことを「聴者(ちょうしゃ)」といいます。
耳が聴こえないこと、障がいをテーマにした作品と聞くと、皆さんはどんなイメージを抱くでしょうか。逆境の中でも頑張っているという感動話ですか。それとも障がいがあることを差別ではなく称賛しようといういい話ですか。障がいがある方も頑張っている、だから私たちも頑張ろう…そんな視点で描かれた作品がほとんどではないでしょうか。この本は、障かいの有無に関わらず皆が平等であり、共通しているんだという、対等な目線で描かれた唯一の作品です。
今日私が一番皆さんに伝えたいのは、この本は誰もが共感できるということです。ろう者が大きな軸となるこの本で、障がいの有無に関わらず誰もが共感できる。それを実現するのは、主人公の荒井の存在です。荒井は、ろうである両親から生まれた、耳の聴こえない家族の中で唯一耳の聴こえる人。それを「コーダ」といいます。コーダは、家族の中で唯一音の聴こえる聴者となります。しかし、コーダは音声理論よりも先に手話を覚えると言われていて、本質的にはろう者であると考えられています。
つまり、聴者でもない、ろう者でもない、その間にいる存在です。聴者にもろう者にも属することができない、自分は一体何者なのだろうか。コーダはそんな葛藤の中を生きています。コーダであるからこその孤独。聴こえることへの罪悪感。そして人間味あふれる荒井の苦悩。私たちが誰もが思い悩み、コンプレックスや悩みを抱えます。だからこそ、荒井の苦しみがまるで自分のことのように重くのしかかってくるのです。
ここまで聞いて、難しい本なのかなと不安に思われる方も多いと思います。ですがこの本、実はジャンルはミステリーです。今から17年前、老人施設の理事長が殺害されるという事件が起こりました。「自分がやりました」と手を挙げたのは、一人のろう者です。犯人逮捕で、事件は無事に終わったと思われていましたが、今度は、この殺害された理事長の息子が、さらに殺害されるという事件が起こります。
当時逮捕されていたろう者は既に釈放されており、事件への関与を疑われます。しかし、17年前の事件のある事実を知る荒井は、この事件に疑問を抱きます。過去の大きな傷を抱えながら、荒井はたくさんの人との関わりとともに事件の真相へ近づいていきます。誰かのことを真剣に思うこと、真摯に向き合うこと。私たちが生きていく上で大切なことがいっぱい集まっている1冊です。

音の聴こえない世界というのは、私たちの知らないもう一つの世界であり、その世界を垣間見ることができるのがこの本です。よくある泣かせようとしているとか、感動話とか、そんな薄っぺらい話ではないです。読み終わると自然と涙がこぼれしまうような、そんなあったかいお話です。一人でも多くの方に私の思いと『デフ・ヴォイス』が届くことを願っています。
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※印南さんの発表は、最優秀賞(グランドチャンプ本)を受賞しました。

表彰状は、著者の丸山雅樹さんから授与されました

表彰式で 左から丸山雅樹さん、印南さん、ゲスト審査員の辻村深月さん
<全国高等学校ビブリオバトル2019全国大会の発表より>
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印南さんmini interview

ミステリーが好きです。前述した作家さんはもちろん、他には村田沙耶香さん、浜田マハさん、歌野晶午さんが好きです。

梨本香歩さんの『西の魔女が死んだ』という作品です。主人公の女の子の名前は「まい」で、年齢は小学6年生(私が当時読んだのも小学6年生でした)など、自分との共通点が多すぎて、「まるで自分みたいだ」と驚き感銘をうけた1冊です。今でも大切な宝物です。

数冊ありますが、特に辻村深月さんの『鏡の孤城』です。大きな勇気と、たくさんの元気をもらいました。丁寧で優しい辻村さんの文章が大好きです。

村田沙耶香さんの「殺人出産」です。
世の中の常識、道徳観、「普通」という概念…全てが打ち砕かれた衝撃的な1冊でした。「ありえなす」と笑い飛ばすことのできない、妙な生々しさ、背筋がぞっとするような村田ワールド全開です。

『デフ・ヴォイス』をきっかけに、ろう者の世界に興味をもち、様々な専門書を読みました。ですので、ろう者についての小説や少し難しい本なども読んでみたいと思っています。それと、未だにアーサー・コナン・ドイルの作品を読んだことがないので、外国の作品も読んでみたいです。