高校ビブリオバトル2019
社会を震撼させた事件のカギの音声は、幼い頃の自分の声だった…
『罪の声』
塩田武士(講談社文庫)
久保ひなたさん(智辯学園奈良カレッジ高等部1年)
塩田武士さんの『罪の声』という本は、実際に日本で起こった、戦後最大の未解決事件と呼ばれる『グリコ森永事件』を元に作られたものです。このグリコ森永事件を知っている方はいらっしゃいますか。
簡単に説明すると、毒入りのお菓子をばらまいたり、会社の社長を誘拐して身代金を要求したりと、一般の人をたくさん巻き込んだ、それまでなかったような事件であることから、1980年代の日本に大きな影響を与えました。そして、実際犯人が捕まらないまま時効を迎えて、今も真実が明らかになっていません。
でも、この本の中では全てがわかります。もちろんフィクションですが、犯行日時や犯行場所、犯人グループの脅迫状の内容などは、すべて実際の事件通りに再現されているので、犯人も、なぜ犯人がこういう事件を起こしたのかという理由も全てわかります。では、この本が事件の経緯を説明した本なのかと言われると、そうではないのです。
曽根というテーラーを営む男が、父の遺品を整理するために家の片付けをしていたところ、古いカセットテープと黒革の手帳が出てきました。見たことが無いものだったし、気になった曽根はそのカセットテープを再生してみます。そこから流れてきたのは、自分が幼い頃父に連れられて行ったスナックで歌を歌っているときの声でした。でも、ブチッという音の後に、不気味な音声が流れてきました。「ばーすてーい、じょーなんぐーの、べんちの…」(バス停、城南宮の、ベンチの)」。自分の声であるはずなのに、なぜこんな音声が録られたのかも覚えていない。
気になった曽根が黒革の手帳を開きましたが、そこには英文がびっしり書いてあって、何が書いてあるか全然読めない。でも、『ギンガ』『萬堂』という二つの文字を見た瞬間に、すべてがつながったのです。さっき曽根が聞いた音声のテープは、曽根が小さい頃の世の中を騒がせた『ギン萬事件』で恐喝材料に使われたテープだったのです。ここでいう『ギン萬事件』が、実際の『グリコ森永事件』に当たります。
なぜこのテープが家にあるのか。なぜ自分の声なのか。不思議に思って、怖くなった曽根は、たまたまその当時未解決事件の捜査をしていた阿久津という記者と知り合いになって、一緒に事件の真相に迫ります。
では、先ほど私はこの本は事件の経緯を説明したものではない、と言いましたが、この本が一番伝えたいことは何なのか。それは子どもを巻き込んだ事件であるということです。純粋で抵抗しないことをいいことに、子どもを加害者側の犯罪者に仕立て上げることなどあってはならないことです。
でも、この本は曽根の悲劇だけに焦点を当てているのではないのですね。この曽根という男の、自分が今子どもを持つ親だからこそわかる気持ちや、最初はギクシャクしていた曽根と阿久津が、事件が明らかになっていくにつれて変わってくる人間関係が、すごく繊細に描写されています。これはあくまでも私の考えなのですが、曽根の様子が表紙にも表れていると思います。見にくいかもしれませんが、左側に写っている背の高い骸骨が、事件を知った曽根。向かい側にいる白い男の子が幼い頃の曽根。全てを知ってしまった今を生きる曽根は、録音された音声を罪の声と取られて苦しみながらも、過去の自分と過去の事件と向き合っている。そんな様子が描かれているのではないかと思います。

私はこの本を読んで、物事を一面的性で見る怖さ、誤報から情報を読み解く難しさを改めて感じました。私のようにこの事件を知らなかった人には、知ってもらうところから。知っていたよという方には、日本でこういう事件があったということを、もう一度改めて考えてほしい。そう思って、今回この本を紹介させていただきました。
時間がある方や、ミステリーはあまり読まないなという人も。そして、本が好きでちょっと気になっているという人も、どの人に手に取ってもらっても楽しめる本になっています。手に取って、本を開けて読み終わるまで絶対後悔はさせません。私が保証します。
[amazonへ]
※久保さんの発表は、ゲスト特別賞を受賞しました。

表彰式で ゲストの辻村深月さんと
<全国高等学校ビブリオバトル2019全国大会の発表より>
こちらもおススメ
こんな夜更けにバナナかよ筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち
渡辺一史(文春文庫)
鹿野さんの責任と愛のあるワガママがおもしろくて大好きです。鹿野さんの障がいと共に生きる姿がかっこいいです。
[amazonへ]
久保さんmini interview

『5分後に意外な結末』シリーズが好きでした。短いお話が何個も入っていて、一つひとつ読み終わった後、少し自分の頭で考えないと結末が分からない感じが、当時の私には新鮮だったのかな、と思います。

瀬戸まいこさんの『そして、バトンは渡された』です。自分の今までの「家族」の定義が180℃変わりました。主人公の優子ちゃんの生き方、考え方がとてもすてきで、お気に入りの1冊です。