高校ビブリオバトル2019

ユニークな登場人物が京都を舞台に引き起こす騒動は 「読むエナジードリンク」

『夜は短し歩けよ乙女』

森見登美彦(角川文庫)

塚原壱太くん(茨城県立並木中等教育学校5年)

突然ですが、皆さんは恋していますか?

今日僕が紹介するのは、一味違う恋愛小説「夜は短し歩けよ乙女」です。

 

あらすじを紹介します。

 

主人公の大学生の「先輩」は、同じサークルの後輩「黒髪の乙女」にひとめぼれします。そして、彼は「なるべく・彼女の・目に留まる」作戦、通称「ナカメ作戦」を実行します。まるでストーカーですね。しかし、先輩は捕まりません。

  


なぜでしょう。そう、答えは簡単。彼女はとても鈍感だからです。「先輩」の恋はなかなか実りません。そうこうしているうちに、この二人の周りの奇妙な人たちが京都を舞台に巻き起こす幻想的な出来事に二人が巻き込まれていきます。さあ、恋はどうなるんだ?!と、こんな感じです。面白そうですよね。

 

しかし僕は最初に言いました、「一味違う」と。どこが一味違うんだろうと、思われた方も多いと思います。そこで今日は、この場をお借りしてこの本の持つ特別な魅力について説明させていただきます。

 

まず一つ目が、圧倒的表現力で語られる、とてもくだらないやりとり。どういうことでしょうか、と言ってもわかりませんよね。実際、本を読んでいない方も多いと思うので、音読させていただきます。最初は、「黒髪の乙女」の必殺技のシーンです。

 

「幼い頃、彼女は姉からおともだちパンチを伝授された。姉は次のように語った。

 

『よろしいですか。女たるもの、のべつまくなし鉄拳をふるってはいけません。けれどもこの広い世の中、聖人君子などはほんの一握り、残るは腐れ外道かド阿呆か、そうでなければ腐れ外道でありかつド阿呆です。ですから、ふるいたくない鉄拳を敢えてふるわなければならぬ時もある。そんなときは私の教えたおともだちパンチをお使いなさい。堅く握った拳には愛がないけれども、おともだちパンチには愛がある。愛に満ちたおともだちパンチを駆使して優雅に世を渡ってこそ、美しく調和のある人生が開けるのです。』

 

その言葉がいたく彼女の心を打った。それ故に、彼女はおともだちパンチという奥の手を持つ」。

 

どうですか。ちょっと伝わりましたよね。

 

もう片方の「先輩」の方も、もちろん気になりますよね。いきましょう。この先、下品な表現が含まれますのでご注意ください。これは先輩の夢の中でのシーンで、自分と、もう一人の自分との問答です。

 

「あくまで仮定として、彼女がその夜にサア乳を揉めと言ってきたら、貴君はそれを拒めるか。私は身悶えするほかなかった。拒みはしない、拒みはしないよ!しかし、それ見たことか。筋金入りの助平野郎が。彼女に謝れ、土下座して謝れ。そして道端に転がるゴム鞠でも揉んで満足しておれ。私は憤怒に膨れただけで反論できず、詭弁だ、詭弁だと叫んだ。明快に説明せよ、いかにして彼女に惚れたか、何故彼女を選ぶのか。貴君が今このとき一歩を踏み出すべきだと主張するならば、万人が納得する理由を論理的に提示せよ。一斉に罵倒が飛んでくる。卑怯なり、裏切りなり、謀反なり、助平なり、阿呆なり、無謀なり。あらゆる罵倒を総身に浴び、壇上にある私は息も絶え絶えだった」。

 

…こじらせてますね、「先輩」。どうでしたか、伝わりましたか、圧倒的表現力が。

 

伝わったところで、二つ目の魅力に移りたいと思います。「先輩に共感できる」。

 

私事ですが、女性にモテません。そんな僕が、この本を読むとどうなるか。思考回路が先輩に似てきて、共感を覚えることができます。モテない人が読んだら共感できる、素晴らしいことです。では逆にモテる人が読んだらどうなるか。きっと人に優しくなれると思います。モテる人が読んでも、モテない人が読んでも、双方にメリットがある、それが『夜は短し歩けよ乙女』です。

 

あと1分ですので、そろそろ三つ目の魅力を紹介させていただきます。「元気が出る」。安直ですね。この本には「先輩」や「黒髪の乙女」の他にもいろいろな人が出てきますが、彼らは皆何かに向かって突っ走っている人ばかりです。その情熱を傾けているものというのは、世間的に言えば正しいものであるものや、倫理観から大きくかけ離れているものまでさまざまです。現実で言ったら怖いですよね。そんな彼らを小説という形で描いているこの本を読むと、とても元気がでます。まるで「読むエナジードリンク」といった感じですね。

 

これも私事ですが、僕は同級生に振られたときにこの本に偶然出会って読んで、もう元気が出ました、復活しました。つまり、この本はさっきエナジードリンクと言いましたが、危険ドラッグに近いような中毒性がある。僕はこの本を30回読んでいます。いやあ、気になりますよね、この本。読んでみたいなと思った方は、この発表が終わった後、お出口を出て左側、特設コーナーにてお買い求めください。

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<全国高等学校ビブリオバトル2019全国大会の発表より>

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塚原くんmini interview

ファンタジー、クライムサスペンス、エッセイ、企業小説、恋愛小説が好きです。池井戸潤さんや森見登美彦さん、東野圭吾さんの本を読むことが多いです。

 

こう、なんというか「勢いすげー!! 世界観すげー!! 主人公かっけー!!」というような少年心を揺さぶられる本が好きだったので、山田裕介さんの『リアル鬼ごっこ』『スイッチを押すとき』『ブレーキ』などや、宗田理さんの「ぼくらシリーズ」などをよく読んでいました。

 

幼稚園生のころに読んだ『おしいれのぼうけん』は、僕の人生に大きな影響を与えました。17歳になった今でも、押し入れが怖いです。トラウマです。

 

友人に勧められて見た『パプリカ』という映画が一番印象深かったです。夢と現実が一緒にかき混ぜられた不気味な世界、登場人物の支離滅裂な言動、そこにマッチする平沢進さんの独特な音楽。一見よくあるようなSFストーリーだと思っていただけに、衝撃ははかり知れないものでした。風邪をひいて寝込んでいる時の夢を追体験したような感覚に襲われることができるので、おすすめです。

 

今回の大会で紹介されていた『痴人の愛』『傑作はまだ』『そしてバトンは渡された』『堕落論』『デフ・ヴォイス』などを読んでみたいです。