高校ビブリオバトル2019
絶体絶命の状況を、知恵と工夫とNASAの底力で切り抜ける!
『火星の人』
アンディ・ウィアー 小野田和子:訳(ハヤカワ文庫SF)
塚原壮亮くん(京都府立南陽高校1年)
皆さんはSF小説って一体どんな印象がありますか。例えば、宇宙人が地球を攻撃してきたとか、宇宙人が私たちを襲ってきたとかというように、「宇宙人」と言うのがキーワードとなるSF作品を思い浮かべた方が多いと思います。
逆に、宇宙人と言う言葉が全く出てこない、この今、現実の世界に実際に起こってしまいそうな、そんなリアルなSF小説を皆さんは読んだことがあるでしょうか。例えば地球から遥か離れた火星に、1人取り残された宇宙飛行士が、地球との連絡もできないまま、科学を武器に生き延びる、そのようなお話を。
アンディ・ウィアー作の『火星の人』は、上下の2巻からなっていて、総ページ数700ページほどあります。私がこの本を読んだきっかけは、この本、実は2016年に、『オデッセイ』というタイトルで映画化されているのですが、知ってるよと言う方、多分いらっしゃいますよね。私も『オデッセイ』を見て、原作があるということを知りました。原作と映画でどういうとこが違うねんとか、原作ならではの面白さとはどういうとこにあるのかなと、ちょっと興味を持ったので読んでみました。
この本の設定は、3度目の有人火星探査のミッションです。主人公のマーク・ワトニーは、そのクルーの一員で、他のクルーと仲良く、火星で穏やかに生活していました。しかし、これが6日目にして、悪夢に転じます。何と、巨大な砂嵐が、彼らを襲うのです。ロケットというのはとても精密なので、倒れて壊れてしまうと、地球へ帰れなくなってしまいます。そんなことになったら大変なので、NASAの長官は、帰還命令を出すんですね。そして彼らは居住スペースから、ロケットへ移動しなければならなかったんですが、その際にこの主人公のマーク・ワトニーに不幸が襲いかかります。アンテナが飛んできて、彼の体にグサっとつき刺さり、飛ばされてしまうんですね。
想像してみてください。ここは砂嵐の中です。前が全く見えない状況で、クルーの1人にアンテナが刺さって飛ばされていった。そんなのを見せられたら、彼は死んだと思っても仕方ないですよね。しかしこのクルーたちは、「もしかしたら生きているかもしれへん」と、かすかな希望に望みをかけて、彼を探します。しかし、これ以上地表にとどまっていては我々も死んでしまう、全員が帰れないという最悪な結末だけは絶対に避けなければならない。ということで、彼らはしぶしぶ、地球に向かって火星から飛び立ってしまうんです。
しかしマーク・ワトニーは生きていました。地球からはるか7500万キロ、新幹線ならなんと30年かかる、それほど離れた火星に、たった1人で取り残されたのです。食糧は残り300日分、水再生器という水を作る装置と、酸素供給器という酸素を作る装置、これらがなければ本当に死んでしまいます。そんな絶体絶命の状況で、植物学者でメカニカルエンジニアである彼が、どんな手を使って、どのようにこのピンチを乗り越えていくのか。そんなハラハラドキドキ、スリリングな場面が、何回も何回も出てきます。私は正直、あまり本を読まない方なのですが、こんな私でも、ページをめくる手が本当に止まらない。そんなすごい本なんです。
この本には大きな特徴があります。それは、「ほぼ全て一人称で書かれている」というところです。普通の本は、「誰々が何々をした」という三人称で書かれていることが多いのですが、この本はほぼ全て、「僕がほにゃららしようと思う」「よっしゃ、いっちょやったるで」というふうに、一人称で書かれています。で、これの何が凄いかと言うと、まるで自分が、「火星の人」になって、火星の世界に入り込んでしまったような錯覚に陥るのです。
この本は、あたかも自分が火星に行ったような体験をさせてくれる、そんな魔法がかかるんです。これを私は、「火星の人マジック」と呼んでいます。皆さんもこの魔法にかってみてください。ほんとに、すごいです。
作者のアンディ・ウィアーという人は、本業がプログラマーで、超超NASAオタクなんです。だから、他の作家さんに書けないような、より一歩踏み込んだ奥の世界を書いています。だからこそ、余計に面白い。
先ほど、ハラハラドキドキシーンがいっぱいあると言いましたが、「そんな言うて、そんなにドキドキせえへんやろ」とお思いの皆さんに、ちょっとだけ内容をご紹介します。なんと、居住スペースに水素が満たされてしまったのです。水素ってどんな物質かご存知ですか。火をしゅっとつけたら、バーンと爆発してしまう。そんな危険な水素がと部屋中に充満してしまった時、マーク・ワトニーはどうやってこの水素を吸収していくでしょうか。続きは、ぜひ読んでみてください。こんなハラハラドキドキが、何回も何回もやってきます。

逆にこの本から学べることもあります。それは人間の本能です。「えっ、どういうこと?」って皆さん思ったでしょ。これは助け合いの心です。この本では地球の全人口75億人が、ワトニーが助かるかどうかを、見守り見続け、見届けました。そして、各国が協力してロケットを何回も打ち上げ、彼を助けようとしたんです。これが人間の本能です。私たちの中に秘められている、「助け合いたい」という人間の本能にも改めて気付かせてくれます。この『火星の人』という本、SFに興味がないという方、「SFは初めてやからあんまりなぁ」という方も、僕みたいにページをめくる手が止まらなくなります。皆さんぜひ一度読んでみてください。
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<全国高等学校ビブリオバトル2019全国大会の発表より>
こちらもおススメ
ズッコケ中年3人組
那須正幹(ポプラ文庫)
「ズッコケ3人組」は有名な児童書ですが、こちらは子供から大人まで全世代が楽しめる本です。リアルな中年の日常に、ハラハラドキドキしたり、クスっと笑えたり、穏やかな気持ちになれる本です。大きな特徴は、シリーズが進むごとに主人公も1歳ずつ年齢が上がります。それぞれの年齢での、いろいろな葛藤、なぜか巻き込まれてしまう事件など、とても面白い本です。
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アルテミス(上・下)
アンディ・ウィアー(ハヤカワ文庫SF)
『火星の人』のアンディ・ウィアーの日本語訳2作目で、SFとサスペンスが組み合わさったとても面白い本です。本職プログラマー・エンジニアである作者の本領発揮、他の作家さんが絶対書かないような詳しい細かいところまで描写してあり、ストーリー性もあり、本当に面白いです。こんな都市に行きたいなと思います。書き方も独特で、すらすらと読めてしまいます。
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その時までサヨナラ
山田悠介(文芸社文庫)
山田悠介さんと言うと「少し怖い作品が多い」という印象の方が多いでしょう。この本はそんな山田作品とは一味違った、「切ないお話」です。もともと山田作品が好きで読み始めたのですが、あまりにも雰囲気が違いすぎて衝撃を受けたのを覚えています。(ネタばれするので)あまり内容をお伝えできないのですが、(ぜひ読んで欲しいので)少しだけストーリーを紹介します。ダメダメで全く家族を思わない「父」が、地震での妻の死をきっかけにして、良い父親になれるよう、ある1人の女性の助けを借りて努力して…という話です。とても奥の深い感動の1冊です。ぜひ読んでみてください。
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塚原くんmini interview

宇宙ものSF小説が好きです。アンディ・ウィアーの作品は特に好きです。SFではないですが、那須正幹さんの作品も好きです。

とても気に入っていたのは『タンタンの冒険』という本です。見た目は漫画ですが、台詞が非常に多く(児童書と同じくらいで)、新聞記者の主人公が世界を旅しながら、その旅先で事件に巻き込まれるお話。エピソードはたくさんあるのですが、オススメポイントは、何回も出てくる主要メンバー同士の「会話の掛け合い」、これがとても面白いです。

少し前ですが、『ニホンブンレツ』はとても印象に残っています。日本が、西日本と東日本に分裂してしまうという設定です。友達や恋人を思う主人公の心、自分の立場による苦悩、さらにハラハラドキドキ、ふんだんに盛り込まれています。とても面白いです。

鉄道が好きで、最近、西村さんの「十津川警部」シリーズを読み始めています。早く全巻読破したいです。あと、アンディ・ウィアーの新作を早く読みたいです。