高校ビブリオバトル2019

「感情の殺人」の心地よさが味わえる1冊

『ひらいて』

綿谷りさ(新潮社刊)

中野翔太くん(初芝富田林高校(大阪府)1年)

今回紹介するのは、綿矢りささんの『ひらいて』です。こんな感じで早口でしゃべっていくので、高校生の方は、来年から変わるセンター試験の英語リスニング対策として、大人の方は、もう今後ぼけないように、そういう対策として聞いていただければと思います(笑)。

 

私は、本を読み終わった後に「この表現はきれいだったな。このシーンが良かったな」と、頭の中で感想を考えるタイプです。しかし、この本を初めて読み終わったときは、もう素晴らしすぎて一切言葉が出なかったです。まさに絶句といった感じでした。

 


それでも何とか一言でもこの思いを形にしたい、そう思って思いついたのが「感情の殺人」という言葉でした。実際に人が死ぬわけじゃない。しかし、この本には「感情の殺人」という感想がぴったり合うと考えています。ここで「何でそんな物騒な感想なのか早く教えろ」という皆さまの声がひしひしと伝わってまいりますが、焦らないで。それは後のお楽しみということで、いったんあらすじを紹介させてください。

 

本作の主人公・愛は、スクールカースト上位の、かしこくてかわいい女の子。そんな愛が好きになったのはクラスでも地味で無口な男の子。「彼の魅力には私だけが気付いている」と思っていると、実は彼には中学の頃から付き合っている女の子がいて…、というあらすじです。これだけ聞くと、「あれ、普通の三角関係じゃん」と思うかもしれないですが、中身は全然違います。具体的にどこが違うかというと、主人公の愛の行動です。

 

「いくら彼が好きだからって、そんなことする?!」みたいな行動がバンバン出てきて、ちょっとここでは口に出せないようなことまでしちゃいます。で、もうこっちが笑えてくるくらいの突拍子のなさなのですが、それがまるで現実にあることのように、真に迫った描写です。夜の学校に忍び込むシーンがありますが、そのすごくスリリングな、手に汗握る展開!それはこの作品の大きな魅力の一つだと思います。

 

ここで、ちょっと共感できない小説は読みたくないな、と思った方、大丈夫です。この作品の真の面白さは、その行動ではなくて感情にあるのです。ここでようやく「感情の殺人」が再登場してまいります。行動は理解できなくても、そこに至るまでの根本にある感情が、痛いほどに理解できるんですね。

 

皆さんは、恋愛したことがありますよね。そんなとき、「ああ、ここでいきなりあの人に告白したらどう思われるだろう」みたいな、ちょっと空想チックなことを考えた経験があるはずです。そういうたぐいのものを、実際に傷つき、傷つけながら行動に移している作品だからこそ、裸のままの感情が前面に押し出されていて、行動と感情が全くイコールなのです。

 

普通、行動と感情の間にある「理性」なんてものは全く働いていない。この作品のさかむけのようなひりひりさ、またナイフのように鋭く尖った感情に、読み手はグサッと刺されるのです。だからこそ、この本は「感情の殺人」なんです。そして、高校生の皆さんには、ここから帰る途中に本屋に寄ってこの本を買って、そのままの勢いで読んでほしい。そう思えるほど、思春期の不安定さが巧みに表現されています。

 

では大人にはこの本は面白くないのかというと、全くそういうわけではないです。「私にもこんな青春があったかしら」とちょっと懐かしんで、淡い思い出に浸りながら、高校生とは別の切り口で楽しむことができます。

 

この本は、全部で200ページに満たないぐらいで、サクッと読めてしまう小説ですが、後半の怒涛に次ぐ怒涛の展開、地獄へ全力疾走していく様子は、読み終わった後、息切れするような、まさに今の私のような状況になるほどボリュームを持った作品です。

 

さらにこの本には、もう一つ大きな魅力がありまして、それは個性的な表現です。例えば、母親のほうれい線の増えた顔のことを「茶色いこうもり」と表現しています。皆さんは、自分の母親の顔を見てそんなことを思いますか。私は自分の母親の顔を見ても、「いやぁ、年取ったな」くらいしか思わないですけど。そんな感じのポエムみたいなのが出てきます。

 

ですから、さっき言ったように、1回目は本の勢いの波に任せて一気に読み終わった後に、もう一度じっくり読み直していくと、「ここは主人公のこの行動を表しているんだ。ここは主人公のこの感情につながっているんだ」ということが、読めば読むほど分かってきます。皆さんは、最初にこの『ひらいて』は何なのか、一体何をどう開くのか、疑問に思ったことでしょう。そういったものについて、自分の中で一つの答えができていきます。

 

この作品は、この会場の端から端にいる皆さん全員に、いや、全世界の方に読んでいただきたい。私のように、本の表紙がぼろぼろになるまでにしっかり何度も味わってほしい、そう心の底からお勧めできる作品です。

 

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<全国高等学校ビブリオバトル2019全国大会の発表より>

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