高校ビブリオバトル2019
身寄りはないけど、「困った、全然不幸ではないのだ」
『そして、バトンは渡された』
瀬尾まいこ(文藝春秋)
村上星玲渚さん(熊本県立大津高校3年)
この本の表紙には、女の子の顔をした一本のバトンが描かれています。女の子の名前は優子。この一人の少女が、まさにバトンとなって、不思議な縁でつながれた人々の手から手へと渡されて成長していく物語。それが今回皆さんにご紹介したい、瀬尾まいこさんの『そして、バトンは渡された』という本です。
手から手へを渡されて成長する女の子。実は、優子には3人の父親と2人の母親がいて、高校3年生の現在に至るまで、名字や家族の形が様々に変化してきました。
もし、皆さんがこのような家庭環境にあったらどうでしょう。自分の置かれた立場をどのようにとらえますか。例えば、身寄りがなく大人の間をたらい回しにされた不幸な子ども、と考える人もいるかもしれないですね。ところが優子はそんな予想をあっさりと裏切って、普通の幸せな女の子へと成長していきます。
「困った、全然不幸ではないのだ。少しでも厄介なことや困難を抱えていればいいのだけれど、適当なものは見当たらない。」冒頭の優子のつぶやきは、彼女のこれまでの生活がごく普通の幸せに満ちていたことを感じさせます。様々な家族の変化の中にありながら、それでも優子はその流れに逆らうことなく自分に愛情を注ぎ、支えてくれた人たちと、緩やかにつながりながら成長してきたのです。
優子を育てる親のタイプは様々です。実の父親であるミトシュウヘイは、優子が小学5年生になる前にブラジル転勤になりますが、幼い優子を思い、日本に残すというつらい選択をします。そんなミトさんから優子を引き継いだのは、若くて自由奔放なタナカリカさん。ピアノが弾きたいと言った優子の願いをかなえるために、なんと17歳も年上の男性との再婚を決めてしまうのです。そんなリカさんですが、しばらくすると家を出て行ってしまいます。
次に突然バトンを渡されたのは裕福なピアノの持ち主イズミガハラシゲオさんです。残された優子を気遣いながらもでしゃばることなく、穏やかに見守ってくれる人でした。このままの暮らしが続くのかと思いきや、またまたリカさんが現れ、モリミヤさんという最後の父親へとバトンがつながります。
モリミヤさんは全力で行動し、やや空回りすることもあるけれど、とにかく優子のために一生懸命な父親です。また彼の作る2人の食卓にのぼる料理は、この物語にあたたかな彩を添えています。ここぞという気合が必要な日の朝ごはんにはかつ丼。元気のないときには毎日たくさんのギョーザ。ふっと肩の力を抜いてくれる、優子の大好きなオムレツ。こうした食事の場面では私自身これまで家族が作ってくれた料理を思い出し、胸が熱くなりました。
この物語には大きな問題も、ドラマチックな展開もありません。けれども読み進めるうちに自然に文章が心に響いてじわじわとあたたかくなるように、そんな魅力があります。きっと優子に関わる人たちの幸せな思いにあふれているからでしょう。
私たちの日常では誰しも自分のやるべきことに追われて、時に気持ちが疲れてくるようなこともあるでしょう。ついつい自分のことを優先し、自己嫌悪に陥ることもあるかもしれません。そんなときにもこの本を開き、優子に関わる人たちのあたたかな思いや、大きな幸福感に触れてみてください。きっと皆さんを穏やかな気持ちに導いてくれるはずです。

この物語のラストではこれまで優子を育ててきた親たちの隠された思いも新たに明かされ、また優子がこれからの未来をともに歩んでいくような相手も現れる予感です。これから優子がどんな生き方をしていくのか、ぜひ皆さんもつながれたバトンの行方を見守ってください。
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<全国高等学校ビブリオバトル2019全国大会の発表より>
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村上さんmini interview

一番好きなジャンルはファンタジーで、他にも推理小説等も好きです。好きな作家さんは東野圭吾さんです。

今もたまに読んでいる本なのですが、著者マイケル・スコット、理論社の『アルケミスト』のシリーズが好きです。錬金術や魔術などが関わってくるお話で、絶対にありえない話だけれど、人間性の捉え方や考え方がとてもリアルでとっても面白く、今でも私は大好きです。

一番印象に残っている本は「ソードアート・オンライン」シリーズのマザーズロザリオ編です。この本のラストを読んで、私は感動して、教室で号泣しました(笑)。「ユウキ」という秘密を抱えた少女とヒロイン「アスナ」のラストのやりとりが本当に感動します。人間のはかなさ、温かさが描いてあって一番印象に残っています。

色々読んでみたいです!本当に何でも。ファンタジーはもちろん、エッセイやSFも読んでみたいです。たくさんの本にふれて色々な世界を旅したいと思っています。